第 8 章 粘性流体の力学−レイノルズ方程式
8.1 概要
N-S方程式は流体の運動を表す厳密な方程式であると言われている。この時点で我々は 運動方程式としてのN-S方程式と連続式という粘性流体を解析するために必要な式(道具) を手に入れていることになる。
日常で我々が目にする流れのほとんどは乱流状態である。乱流には様々な乱れ成分が含 まれている。しかし、この乱れ成分は工学的に必要とされる物理量には含まれない。
N−S方程式は乱流に対しても有効であるので、この乱れ成分も含んだ解を我々に与え ることになる。その解の大部分の情報は乱れ成分を表すために費やされている。このよう な乱れ成分に関する詳細な情報を省き、工学的に必要な情報のみを取り出すためにはN-S 方程式はあまりに厳密すぎる式(道具)であると考えられている。
工学的に必要な物理量のみを求めることができ、実用的な式(道具)が必要である。主 な対象とされる日常目にする流れ性質を利用することにより、乱れ成分を取り除いた方程 式を求める努力が続けられ、レイノルズ方程式が得られた。
8.2 流れの一例
次の図は河川洪水時の流速観測結果を示したものである。流速は10秒ごとに観測され、
24時間分のデータがある。図−8.1 (a)はこのデータを示したものである。洪水はt=−2 時頃から始まり、t=5時ごろまで続いている。洪水前後の平常時の流速は0.5m/s程度で あり、洪水時の最大流速は大体1.5m/sであることがこの図より分かる。最も流速の早い t=1時ごろのデータは流速を示す線が太くなっており、非常に短時間に早くなったり遅 くなったりしているものと考えられる。
図−8.1 (b)はこのデータからt=0時を中心に±2時間分のデータを横方向に拡大して
示したものである。この程度の時間軸拡大でも流速のデータが太く表れている様子には大 きな変化がない。続いて図−8.1 (c)、図−8.1 (d)はそれぞれt=0時を中心に±0.5時間 分(計1時間分)、および±0.1時間分(計6分間分)に引き伸ばして示したものである。
図−8.1 (d)の6分間分の図を見ると流速が短時間で微小な変化を繰り返しており、こ
れが乱流の特性である乱れ成分である。この乱れ成分は30秒から1,2分の間にいくつ もの大小の変動が生じている。つまり、乱れ成分の時間スケールは1,2分より短いと判 断できる。また、この6分程度の間では河川流の流速uの大体の値には変化が無く(デー タが時間軸にほぼ平行で)、流速uは平均流速uに乱れ成分u0が加えられたものと考える ことができる。一方、工学的に必要な洪水時の流速変化は6時間ほどの間にその変化が終 了し、下の平常時の流速に戻っている。
このことから、工学的に必要とされる流速としては、乱流の乱れ成分が変動する時間ス ケールより十分長く、かつ、現象(この例では洪水)の変動する時間スケールより十分に
-10 -5 0 5 10 0.25 0.5
0.75 1 1.25 1.5
-0.4 -0.2 0 0.2 0.4
0.25 0.5 0.75 1 1.25 1.5
-0.04 -0.02 0 0.02 0.04 0.25 0.5
0.75 1 1.25 1.5
-10 -5 0 5 10
0.25 0.5 0.75 1 1.25 1.5
-1 0 1 2
0.25 0.5 0.75 1 1.25 1.5
図 8.1 : 河川乱流の観測例
うな時間スケール(この例では6時間)から見ると時間的に変化することになる。
ここではT=12分間として、その間の平均流速uを求め、元の24時間の時間スケールで 描いたものが図−8.1 (e)である。この図から得られる工学的な情報、つまり何時頃から 流速が早くなり、何時頃最大流速1.3m/sが生じ、その後どのように流速が遅くなり、い つ頃平常時の流速に戻るか、などの情報は図−8.1 (a)から得られる情報とほとんど変化 がない。工学的には図−8.1 (e)の情報が得られれば十分でありことが分かる。詳しい観 測をして得られた図−8.1 (a)のような情報には乱流の乱れ成分が含まれているために、
かえって必要な情報が見えにくくなることも起こりうる。
8.3 渦の構造
一つの渦が平均流速に乗って流れているときに、渦の中心とともに移動しながら渦の様 子を観察した場合、渦は図に示すような流速分布を示す。円で示されている内部では渦の 中心は流速が0で中心から離れるとともに流速が中心からの距離に比例して早くなる。こ の円の内部は流体が凍結され、円盤が回転しているかのような流速分布になる。円の外側 では流速は中心から離れるにつれ、距離の逆数に比例し小さくなる。
円の内部を強制渦、外側を自由渦と呼ぶ。しかし、実際に流体粒子が回転しているのは 内部の強制渦の部分だけで、自由渦の部分では流体粒子は角変形のみで変形し、回転はし ていない。流体粒子が渦の周りを円運動することと流体粒子自体が回転することとは別 の運動である。渦の大きさは円の直径で表され、渦の強さξは円の内部の流速の勾配で与
x z
w
u
図 8.2 : 渦の基本的構造と流速分布
えられる。例えばx軸上では ∂w
∂x となり、z軸上では−∂u
∂z となる。通常は平均値として ξ = 1
2 µ∂w
∂x −∂u
∂z
¶
が渦の強さ(渦度)として用いられる。これは、流体粒子の回転を表す 量と同じである。つまり、渦度があることは流体粒子が回転していることと同じである。
逆に、円の外側では回転がないので、ξ = 0が成り立つ。
このような渦の構造から渦の中心から見た流速は中心周りに対称な流速分布を持ってい ることが分かる。
8.4 乱流の平均量と乱れ成分
乱入の内部では大小、強弱様々な渦が流れの平均流速に乗って流れていると考えること で乱流の基本的な特性を説明することができる。一つの渦はその他の渦が作る流れによっ ても移動するので、渦の流れの中の相対的な位置は絶えず変化し続ける。それぞれの渦が 作る流速は平均流速に加えられるので、乱流中の実際の流速uは平均流速uと渦による乱 れ成分u0の和で与えられる。これは鉛直方向流速wや圧力pについても同じである。
u=u+u0 w=w+w0 p=p+p0
(8.1)
ここで図−8.1 を考えると、平均量(uやwなど)は図−8.1 (e)の12分間の平均値に相 当する。つまり乱れ成分(渦による流速の変化)はその変化の時間的なスケール(この場 合は時間の長さ)は十分短く、その時間スケールより十分長い時間T の平均を求めれば 渦による乱れ成分の影響を取り除くことができる。もし、観測しようとする物理現象の 時間的な変動のスケールがこのT より長ければ、平均量は時間的に変動することになる。
図−8.1 の例では洪水という物理現象の時間的な変動のスケールは数時間の時間の長さを 有し、T = 12分間から見れば十分に長い。したがって、洪水現象の時間スケールから見 れば平均量は時間的に変化すると考えることに何ら問題はない。
乱れの時間スケール ¿ T ¿ 物理現象の時間スケール
となる時間スケールT は多くの工学的に重要な流れに対して見つけられており、このよ うな時間スケールに対して以下のような式が成り立つ。もちろん、wやpも同様である。
u= 1 T
Z t+T
t
udt ,
Z t+T
t
u0dt= 0 (8.2)
8.5 レイノルズ方程式
N-S方程式は乱れ成分も含めて厳密に流れを表現できる方程式である。この方程式が乱 流を含めて簡単に解けるようになれば1図−8.1 (a)のデータを計算で求めることができ る。これが求まれば図−8.1 (e)の形にすることは容易い作業である。しかし現実的には 不可能に近い。そこで、前節の時間スケールT を用いて、N-S方程式を平均量の方程式に 変換することが試みられ、Reynolds(レイノルズ)方程式と呼ばれる式が求められている。
レイノルズ方程式をつくる目的はN-S方程式中に含まれる乱れ成分を取り除き、平均量 のみで方程式を表すことである。
N-S方程式と連続式が流体運動の基礎式であるので、これを運動量方程式の形式で示 した次式から出発する。ここでは洪水流のようなほぼ1次元的な流れを対象として説明 する。
∂u
∂x +∂w
∂z = 0 (8.3)
∂u
∂t +∂uu
∂x + ∂uw
∂z =−1 ρ
∂p
∂x +ν µ∂2u
∂x2 + ∂2u
∂z2
¶
(8.4)
次にこれらの方程式の時間T の間の時間平均を求める。まず連続式の左辺は次のように なる。
1 T
Z t+T
t
µ∂u
∂x +∂w
∂z
¶
dt = 1 T
∂
∂x Z t+T
t
udt+ 1 T
∂
∂z Z t+T
t
wdt
= ∂u
∂x + ∂w
∂z = 0
空間的な微分(∂/∂xや∂/∂zは時間に関する積分と独立なので(関係がないので)素直に 計算の順序を入れ替えることができる。この結果連続式(8.3) は乱れを含んだ流速(u, w) を平均流速 (u, w) に置き換えるだけの式が得られる。
次に、N−S方程式について考える。先ほどと同様の計算を行うと、式(8.4)の左辺第 1項と右辺は連続式と同じく、乱れを含んだ物理量(u, p)が平均量(u, p) に置き換わる。
1 T
Z t+T
t
µ∂u
∂t
¶
dt= ∂u
∂t
1 T
Z t+T
t
µ∂p
∂x
¶
dt= ∂p
∂x 1
T Z t+T
t
µ∂2u
∂x2
¶
dt= ∂2u
∂x2
1 T
Z t+T
t
µ∂2u
∂z2
¶
dt= ∂2u
∂z2 しかし、左辺第2項と第3項は注意が必要である。2
1 T
Z t+T
t
µ∂uu
∂x
¶
dt= 1 T
∂
∂x Z t+T
t
uudt = 1 T
∂
∂x Z t+T
t
(u+u0)2dt
= 1 T
∂
∂x Z t+T
t
(u2+ 2uu0+u0u0)dt
1
uは時間T の間は一定と考えてよいので、さらに次のように変形できる。
1 T
Z t+T
t
µ∂uu
∂x
¶
dt= 1 T
∂
∂x Z t+T
t
u2dt+ 1 T
∂
∂x Z t+T
t
2uu0dt+ 1 T
∂
∂x Z t+T
t
u0u0dt
= ∂u¯¯u
∂x +∂u0u0
∂x
ここでは式(8.2)を用いて整理している。同様に第3項は 1
T Z t+T
t
µ∂uw
∂z
¶
dt= ∂u¯w¯
∂z +∂u0w0
∂z
となる。したがって、N-S方程式を時間平均することで求められるレイノルズ方程式は以 下のような形式となる。
∂u
∂t +∂u¯¯u
∂x + ∂u¯w¯
∂z =−1 ρ
∂p
∂x +ν µ∂2u
∂x2 + ∂2u
∂z2
¶
−
µ∂u0u0
∂x + ∂u0w0
∂z
¶
(8.5)
レイノルズ方程式をつくる目的は乱れ成分をN-S方程式から無くし、平均量のみで方 程式を作り上げることであった。しかし、式(8.5)には右辺第3項に乱れ成分に関わる項 が残り、当初の目的は達成できていない。以後の乱流力学の発展は、このレイノルズ方程 式に残された乱れ成分の項をどのように理解し、どのように扱うかが焦点となる。
注意
レイノルズ方程式中のu¯u¯ とuuとは別の量である。u¯¯uは平均量uの2乗であり、uuはu2の 平均値である。
諸君はすでに計画学の中で同様な事柄を学んでいるはずです。例えば、確率変数xの平均値(期 待値)xの2乗値x¯2 とx2の期待値x2は同じ値ではなくx¯2 6=x2 である。分散(x−x)2、すなわ ち確率変数の平均値からの変動量(x−x) の2乗平均値は
(x−x)2 = (x2−2xx¯+ ¯x2) =x2−2¯xx+ ¯x2 =x2−2¯x2+ ¯x2=x2−x¯2 となる。