Ⅴ ポートフォリオ・バランス・アプローチ
( テキスト第 5 章 )
1 .「リスク回避的」な投資家と「資産の不完全代替」
補論:期待効用仮説とリスクプレミアム
2 .リスク・プレミアムを含む為替レート・モデル 補論:一国の資金循環 ( マネーフロー )
3 .ポートフォリオ・バランス・アプローチ
為替レート・モデルの分類と仮定
Exchange Rate Determination
Traditional Flow Approach Modern Asset Approach
Perfect capital mobility CIP (i - i* = d)
Portfolio-Balance Approach
Imperfect asset sustitutability (ρ≠0)
Monetary Approach
Perfect asset sustitutability (ρ=0) UIP (I - i* =μ)
Flexible-Price Monetary Model (Monetarist model)
PPP + Fisher Equation
Sticky-Price Monetary Model (Overshooting/Dornbusch Model)
Definitions
i - i* = interest differential
d = forward discount
μ= expected depreciation
ρ= risk premium (d - μ) CIP = Covered Interest Parity UIP = Uncovered Interest Parity PPP = Purchasing Power Parity
Frankel, Jeffry A. (1983), “Monetary and Portfolio- Balance Models of Exchange Rate Determination”, in Bhandari Jagdeep S., and Bluford H. Putnam
「資本の完全移動」の仮定とは?
(Perfect capital mobility )
● Traditional Flow Approach(例えば、MFモデル)
⇒
「小国の仮定」=「資本移動の利子弾力性が∞」● Modern Asset Approach 1.価格面からの条件
⇒カバー付き金利平価(CIP)が成立
2.数量面からの条件
⇒Feldstein=Horioka(FH)の条件:資本移動が自由化するにつ
れ、国内貯蓄と国内投資は無相関になるはず 3. 制度的な条件
i*
S i S
F − = −
「資本の完全移動」=CIPの成立の典型例(日米間のCIP)
(高木信二『国際金融(第3版)』日本評論社,2006,117頁)
投資家にとって内外資産が完全に代替的であるとき、
金利平価条件が成立する。
*
S
eS i i
S
= + −
・左辺>右辺⇒投資家は、自国通貨建て資産を保有。
・左辺<右辺⇒投資家は、外国通貨建て資産を保有。
▶内外資産の予想収益率の水準だけで投資を決める場合、
投資家はリスク中立的(risk neutral)であるという。
▶リスク中立的な投資家にとって、予想収益率が同じ水準である
資産の完全代替 (perfect substitutability)
=リスク中立的 (risk neutral)
資産の不完全代替 (imperfect substitutability) =リスク回避的 (risk averse)
▶これに対し、予想収益率が同じであるならば、よりリスクの小さい資 産を保有しようとする場合、投資家はリスク回避的(risk averse)
▶言いかえれば、リスク回避的な投資家は、リスクの高い資産を保有 する場合、それに見合ったリスクプレミアム(risk premium)を要求。
▶このとき、予想収益率が同じ水準であっても、投資家にとって内外 資産は無差別ではなく、これが資産の不完全代替(imperfect
substitutability)の意味である。
この場合、RPをリスクプレミアムとすると、UIPは成立せず、外国 為替市場の均衡条件は、以下の表される
*
S
eS
i i RP
S
= + − +
期待効用仮説 (expected utility hypothesis) by フォン=ノイマン & モルゲンシュテルン
状態1(不況)と状態2(好況)の2つの状態を考え、
状態1ではα1の確率で所得x1 状態2ではα2の確率で所得x2
が得られるとする(ただし、α1+α2=0, x1<x2)。
このとき、状態1および状態2から得られる効用の期待値 Eu(x)は、
1 2
1 ( ) 2 ( )
( )
u x u xEu x
=α
+α
他方、状態1および状態2から得られる所得の期待値 Ex は、
1 1 2 2
Ex
= αx
+ αx
と表され、この所得の期待値から得られる効用を u(Ex) と表す。
⇒点3
⇒点4
1 0
x
(a) リスク回避的 (risk averse)
限界効用が逓減=効用関数が上に凸な曲線(凹関数)
点3 ( 効用の期待値 ) : Eu(x)
– 点1で示されているu(x1)と点2で示されているu(x2)の期待値。
– 得られるかどうかが不確実な所得(x1, x2)から得られる不確実 な(u(x1), u(x2))の期待値。
点 4( 期待値の効用 ) : u(Ex)
– 期待所得Exから得られる効用。期待所得Exが確実に得られる としたときの効用がu(Ex)
Eu(x) < u(Ex)
リスク回避的な個人は、所得に不確実性がない方を好む。
リスクプレミアム
• 効用の期待値(不確実な効用)Eu(x) と等しい効用をもたらす 所得水準x0とすると、
RP=Ex-x
0をリスクプレミアム(risk premium)定義する。
• リスク回避的な個人は、不確実な効用をもたらす所得(x0)に RPだけのリスクプレミアムがつけられれば、確実な期待所得 (Ex)から得られる効用と同じ満足度が得られる。
• このようなリスク回避的な投資家にとって、内外資産は完全 には代替的なものではなく、不確実な効用をもたらす収益に 対しては、(例えば為替リスクに対して)リスクプレミアムが要 求されることになる。
• つまり、リスク回避的な投資家を仮定すれば、異なった通貨 建ての資産の不完全代替性(imperfect asset substitutability) を仮定しなければならない。
(b) リスク中立的 (risk neutral)
限界効用が一定=効用関数が右上がりの直線 点3(効用の期待値):Eu(x)
点4(期待値の効用) :u(Ex)
Eu(x) = u(Ex)
• リスク中立的(risk neutral)な個人は、同じ期待所得が得られるな らば、リスクは問わない。リスク中立的な個人のリスクプレミアム はゼロ。
• UIPで用いられる予想為替レートは直物レートであり、当初の予想
為替レートと、満期日に判明する実際の直物レートは、乖離する 可能性がある。こうした為替リスクにもかかわらず、UIPが成立し ているということは、投資家が為替リスクを気にせず、投資家に
とって異なる通貨建て資産無差別で、完全に代替的なものである。
• つまり、リスク中立的な投資家を仮定することは、異なった通貨建 ての資産の完全代替性(perfect asset substitutability)を仮定してい ることと同じである。
(c) リスク愛好的 (risk loving)
限界効用が逓増=効用関数が下に凸な曲線(凸関数)
点3 ( 効用の期待値 ) : Eu(x) 点 4( 期待値の効用 ) : u(Ex)
Eu(x)> u(Ex)
• 確実な所得よりも不確実な所得を好む態度をリスク 愛好的 (risk loving) という。
• リスク愛好的な個人のリスクプレミアム RP=Ex-x
0は
マイナスの値をとる。つまり、 RP だけの参加料を支
払ってでも、勝ち (x
2) 負け (x
1) のギャンブルに参加し、
「資産の不完全代替」とリスクプレミアム
• カバーなし金利平価
では、自国資産と外国資産が、リスクの面において無差別
⇒期待収益率のみが異なる完全に代替的な資産を仮定。
• 現実には、自国資産と外国資産を保有することに対するリ スクが異なる⇒不完全代替
• 投資家が、危険資産を保有するためには、その期待収益 率だけでなく、安全資産を保有する場合より、リスク・プレミ アム ρ だけ高くなくてはならない
⇒リスク・プレミアム ρ を、自国通貨建て債券と外国通貨建 て債券の期待収益率の差と定義。
*
( )
S
eS i i
ρ = − + −
*
S
eS i i
S
= + −
2.リスク・プレミアムを含む為替レート・モデル
• しかし、自国債券と外国債券が不完全代替であるという仮定を導入 すると、「MFモデルの結論」および「トリレンマ命題」は修正される。
• B:自国通貨建ての国債発行残高
• A:中央銀行が保有する自国国債
• B-A:民間部門が保有する自国国債
• この式は、投資家にとって自国債券と外国債券は完全な代替物で はなく、自国債券を保有することに対するリスク・プレミアムρは、民
*
'
( , )
( ), 0
e
M L i Y P
S S i i
S
B A
ρ
ρ ρ ρ
=
= + − +
= −
① ② ただし、 > ③
③式について
• 自国債券に対する需要 B
dは、自国債券と外国債券の 期待収益率格差 (= リスクプレミアム ρ ) の増加関数
⇒投資家は、自国債券に対するリスク・プレミアムが上昇 すると、自国債券への需要を増やす。
• 自国債券の供給 B
sを、簡単化のため国債のみについて考 える。政府による国債発行残高 B から、中央銀行が保有し ている国債 A を引いた、 B-A が市場に供給される国債。
*
( )
d d
E S
dB B i i B
S − ρ
= − − =
B
s= − B A
リスク・プレミアム(ρ)
自国債券の需給均衡とリスク・プレミアム
Bs1 Bs2
Bd=Bd(ρ)
ρ1 ρ2
1
2
③式について (cont.)
• したがって、均衡(Bd=Bs)においては、以下が成り立っていなければならない。
• ここで、国債の供給B-Aが増加すれば、リスク・プレミアムρが上昇して、国債への需要Bdが 増加する。すなわち、③式の関係が導かれる。
• ③式は、自国債券を保有することに対して投資家が要求するリスク・プレミアムρは、
民間部門に供給される国債B-Aが増加するほど上昇
中央銀行が保有する自国国債 Aが増加するほど低下 することを意味している。
• 図は、縦軸に、自国債券に対するリスク・プレミアムρ、横軸に、自国債券の需要と供給Bd、 Bsをとり、③式の関係を図示したもの。
⇒債券需要Bdは、リスク・プレミアムρの増加関数として右上がり
⇒債券供給Bsは、外生的に与えられるものとして垂直線
• 中央銀行が保有する国内資産がA1のとき、点1で債券市場は均衡し、そのときのリスク・プ レミアムはρ1
⇒公開市場操作(売りオペ) を通じて、中央銀行が保有する国内資産をA2に減少させると、
債券市場の均衡点は点2に移り、リスク・プレミアムはρ2に上昇
⇒すなわち、民間部門が市場で消化しなければならない国債残高が増えると、投資家は
A B
Bd (ρ) = −
(B A), ' 0
ρ ρ= − > ③ρ
補論:一国の資金循環 ( マネーフロー )
固定相場制の下での金融政策(リスク・プレミアムがある場合)
2
*
Se S i + S− + ρ
*
1
Se S i + S− +ρ
M2
P
予想収益率(円ベース) 為替レート(S)
1’
1
2’
2
3
M1
P
i1
i2
S1
S2
リスク・プレミアムの低下(ρ1> ρ2)
マネーサプライの増加(M1< M2)=買いオペ
固定相場制の下での金融政策(リスク・プレミアムがある場合)
• 貨幣供給の増加による金融緩和を行った場合、中央銀 行が保有する資産構成についてみれば、「自国債券買 い」のオペレーションによって、自国債券 (A) が増加する ので、リスク・プレミアム ρ は低下 ( ρ
1> ρ
2) 。
• 外国資産の収益率は左方にシフトすることによって、外 国為替市場の均衡点は、 1 から 3 へ移り、為替レートは S
1で固定されたまま、金利を i
1から i
2へ下げることができる。
• したがって、「為替レート政策」 ( 固定相場制の維持 ) と「金
融政策」は独立に運用することができ、「①為替レートの
固定、②金融政策の独立性、③資本移動の自由」という
3 つの政策目標は全てが達成できる ( トリレンマ命題の否
不胎化介入 (sterilized intervention)
• 中央銀行による外為市場への介入が貨幣市場 に及ぼす影響を相殺するため、外国資産の売 り ( 買い ) と国内資産の買い ( 売り ) という反対取 引を同時に行う政策。
• 例えば、
外貨売り ( 自国通貨買い ) 介入+買いオペレーション 外貨買い ( 自国通貨売り ) 介入+売りオペレーション
によって、貨幣供給を一定に保つ政策。
固定相場制の下での金融政策(不胎化介入の有効性)
*
1
Se S i + S− + ρ
2
*
Se S i + S− +ρ
M2
P
予想収益率(円ベース) 為替レート(S)
1’
2’
3
M1
P
i1
i2
S1
リスク・プレミアムの上昇(ρ1< ρ2)
市場介入(自国通貨売り)
⇒不胎化(自国債券売り) 1
2
S2
• 固定相場制下で自国通貨の切下げを狙った中央銀行による「自 国通貨売り」の市場介入
⇒増加したマネー・サプライを相殺するため、「自国債券売り」の オペレーション(不胎化介入)
⇒マネー・サプライがもとの水準に戻る
⇒固定相場制下の不胎化介入は効果がない
• しかし、不胎化によってマネー・サプライに変化がなくても、中央 銀行が保有する資産構成についてみれば、「自国債券売り」のオ ペレーションによって自国債券(A)が減少しているので、リスク・プ レミアムρが上昇している(ρ1<ρ2)。
• したがって、外国資産の収益率は右上方にシフトし、外国為替市 場の均衡点は1から3へ移り、為替レートはS1からS2へと切り下げ られる。
• すなわち、 「為替レート政策」(為替レートの切り下げ)と「金融政 策」(一定の貨幣供給量)は独立に運用することができる。
3.ポートフォリオ・バランス・アプローチ
•投資家は、保有する金融資産の総額Wを、
自国通貨M
国内債券B(自国通貨建て) 外国債券F(外国通貨建て)
の形で、分散して保有するものとする。
[注]
•マネタリー・アプローチでは、自国資産と外国資産の完全代替 という暗黙の仮定があったので、貨幣市場の均衡条件(及び外 為市場の均衡条件[i=i*+μ])だけから分析。
•ポートフォリオ・バランス・アプローチでは、この仮定を緩めて、
自国資産と外国資産は完全には代替的ではないと考えるので、
3.ポートフォリオ・バランス・アプローチ (cont.)
予算制約式
3つの資産市場の需給均衡条件
符号条件
貨幣需要(Md) : i↑⇒Md↓, i*+μ↑⇒Md↓, W↑⇒Md↑ 国内債券需要(Bd) : i↑⇒Bd↑, i* +μ↑⇒Bd↓, W↑⇒Bd↑ 外国債券需要(Fd) : i↑⇒Fd↓, i* +μ↑⇒Fd↑, W↑⇒Fd↑
⑦ ⑥
⑤
) ,
, (
) ,
, (
) ,
, (
*
*
*
+ +
−
− + +
− +
−
+
=
+
=
+
=
W i
i F
F
W i
i B B
W i
i M
M
d d
d
µ µ
µ
( )
Se S µ = S−
ただし、 期待減価率
④
W = M + B + SF
4.ポートフォリオ・バランス・アプローチ (cont.)
④式は恒等的に成立
⇒⑤~⑦式のうちの2つが成立すれば、残りの1つは自動的に成立(ワルラス法則) ⇒独立した2つの式から、自国利子率(i)と為替レート(S)が決定
(外国利子率(i*)と期待為替レート(E)は外生変数)
MM曲線とBB曲線
MM曲線:貨幣市場を均衡させる自国利子率(i)と為替レート(S)の組み合わせ (右上がり)
BB曲線:国内債券市場を均衡させる自国利子率(i)と為替レート(S)の組み合わせ (右下がり)
為替レート(S)↑(減価)⇒外国債券の自国通貨建て価値(SF)↑⇒総資産額(W)↑
①⇒貨幣需要(Md)↑⇒貨幣市場の超過需要⇒利子率(i)↑
⇒均衡回復(MM曲線右上がり)
②⇒国内債券需要(Bd)↑(資産効果)⇒自国債券市場の超過需要⇒利子率(i)↓
⇒均衡回復(BB曲線右下がり)
固定相場制の下での金融政策(ポートフォリオ・バランス・モデル)
B B
M
M
M’
M’ B’
B’
S
i S1
i2 i 2 1
固定相場制の下での金融政策(ポートフォリオ・バランス・モデル)
• 中央銀行による買いオペ⇒貨幣供給量の増加 (M ↑)
⇒ MM 曲線の左方シフト
( ∵⑤式において M ↑ ⇒貨幣の超過供給 ⇒一定の S に対して i↓ ⇒ M
d↑)
• 中央銀行による買いオペ⇒自国債券の供給の減少 (B ↓) ⇒ BB 曲線の左方シフト
( ∵⑥式において B ↓ ⇒自国債券の超過需要 ⇒一定の S に対して i ↓ ⇒ B
d↓)
• したがって、「為替レート政策」 ( 固定相場制の維持 ) と「金融 政策」は独立に運用することができ、「①為替レートの固定、
②金融政策の独立性、③資本移動の自由」という 3 つの政
策目標は全てが達成できる ( トリレンマ命題の否定 ) 。
不胎化介入 (sterilized intervention)
B B
M
M
M’
M’ B’
B’
S
S2
i i 2 3
S1
i
市場介入 (自国通貨売り)
1
不胎化
(自国債券売り)
• 「市場介入」 ( 自国通貨売り介入 )
⇒ MM 曲線左方シフト⇒新しい均衡点は 1→2 ⇒利子率は i
1→ i
2へ下落
⇒為替レートは S
1→S
2へ切り下げ。
• 「不胎化」 ( 自国債券売り ) ⇒自国債券と外国債券のポー トフォリオ構成を変化
⇒「自国通貨売り → 外国債券の供給の減少」
+「売りオペ → 自国債券の供給の増加」
⇒自国債券の供給の増加⇒ BB 曲線右方シフト
⇒均衡点は 2→3 ⇒利子率は i
2→ i
3へ上昇
ま と め
1.資産の不完全代替を前提とする「ポートフォリオ・バランス・アプ ローチ」では、金融政策と為替政策を独立に運営されることが示さ れ、固定相場制下での不胎化介入や金融政策の有効性が結論づ けられる。
2.確かに、理論的に「資産の代替性」と「資本の移動性」とは異なる 概念であるが、多くの実証研究では、資本規制がない場合に内外 資産の代替性が高いこと、つまり資本移動が自由になるほど、内 外資産の代替性も高まることを示している。これが事実なら、分析 手段としてのポートフォリオ・バランス・アプローチは必要なく、より 単純なマネタリー・アプローチで十分なことになる(高木[2006],163 頁-167頁)。
3.他方、多くの実証研究では、マネタリー・モデルが依拠するUIP仮 説は必ずしも支持されず、それを棄却している。もしも、UIP仮説が 棄却されるべきであるという推論が、リスク・プレミアムの存在を反 映しているなら、資産の不完全代替に依拠するポートフォリオ・バラ ンス・モデルは支持されることになる。
4.要するに、「資本の移動性」と「資産の代替性」の区別や、両者を区 別した上で金融政策と為替政策の独立性は維持できるかという問 題は、理論的にも実証的にも解決がついていない問題である。