脂質分子集合体の活性酸素種分解機能の解明による新規な抗酸化系の構築 吉 本 誠
山口大学工学部応用化学工学科
目的・背景
過酸化水素をはじめとする活性酸素種は、生体内において種々の機能を制御す る因子として重要である。一方、過剰に生成蓄積した活性酸素は、脂質膜の過酸 化を引き起こして疾病の原因となる。酵素非存在下において脂質膜自体が活性酸 素に対して発現すると考えられる自己防御的な機能は殆ど知られていない。著者 らは、リポソーム内に封入されたグルコースオキシダーゼによるグルコース酸化 反応を、酸素を連続的に供給する気泡塔バイオリアクターの条件下で行い、共存 するリポソーム内封入カタラーゼにより生成過酸化水素が効率よく分解されるこ とを報告した。この過程において、カタラーゼ分子のみならず、リポソームを構 成する脂質膜自体が過酸化水素の分解を促進していることが示唆された。脂質の 共存下における活性酸素の安定性を明らかにすることは、活性酸素に対する脂質 膜の自己防御機能を解明して脂質膜を利用した新規な抗酸化系を構築する観点か ら重要であると考えられる。本研究では、種々の疎水鎖長、不飽和度を有するホ スファチジルコリンを用いてリン脂質モノマー、ミセル溶液及びリポソーム懸濁 液を調製し、それらの脂質分子集合体がモデル活性酸素である過酸化水素の分解 反応に及ぼす影響を検討した。また、脂質分子集合体の化学的安定性、粒子径及 び膜流動性に及ぼす共存過酸化水素の影響を検討して、脂質分子集合体と過酸化 水素の相互作用機構を推定した。
結果・考察
脂質分子の会合状態と脂質の炭素鎖の特性が共存する過酸化水素の分解反応に 及ぼす影響を検討した。脂質濃度を の一定として、脂質と初濃度 の 過酸化水素を 共存させたときの残存過酸化水素濃度を測定した。分解反応は
、 ℃の条件下で行った。飽和リン脂質 は、炭素鎖長 により、モ ノマー溶液 、ミセル溶液 及びリポソーム懸濁液 を 形成した。脂質モノマーおよび脂質ミセル溶液中では、脂質を添加していない 緩衝液系よりも過酸化水素の分解がやや促進された。一方、リポソーム懸濁液中 では、脂質モノマー、ミセル溶液中に比べて過酸化水素の分解が著しく促進され た。これらより、脂質が発現する過酸化水素分解活性は脂質分子の集合状態に依 存し、リポソームが最も高い活性をもつことがわかった。脂質二分子膜は、数万 から数十万の脂質分子が高密度に集合して形成する安定な会合体であるのに対し、
脂質ミセルはミセル間の脂質分子の組み換えが容易な不安定な会合体である。す
10 m M 1.0 m M
120 h
p H 7. 4 25 d iC PC
( = 4, 6) ( = 7, 8) ( = 10, 12, 14)
Tris
n n
n
nn
なわち、脂質分子集合体内において分子の配向性と密度が高いことが過酸化水素 分解活性の発現に寄与すると考えられる。リポソームと過酸化水素を共存させた 後にリポソーム懸濁液の濁度を測定して、過酸化水素共存前のそれぞれの濁度と 比較したところ、リポソーム粒子径が共存過酸化水素の分解反応中に殆ど変化し ないことが示唆された。また、不飽和脂質 から形成されるリポソームと過 酸化水素を共存させた後に脂質は過酸化されていなことがわかった。以上の結果 より、リポソームは過酸化水素共存下において物理化学的な修飾を受けることな く触媒的に過酸化水素の分解反応を促進していると考えられる。リポソームと過 酸化水素間の相互作用を効率よく検出するために、 モル比が高い条件下 で脂質膜流動性を測定した。疎水部位の膜流動性は親水部位に比べて高く、過酸 化水素に殆ど影響を受けなかった。一方、親水部位の流動性は、いずれの場合も 過酸化水素の添加により減少した。これより,過酸化水素分子が脂質膜の親水部 位に結合して分解作用を受けることが示唆された。リポソーム膜が発現する過酸 化水素分解活性を最大限に高めることができれば、リポソームを安定な抗酸化素 子として活用できると考えられる。
PO PC
H2O2/lip id