氏 名 谷口たにぐち 陽よう介すけ 学 位 の 種 類 博士 (医学) 学 位 記 番 号 乙第 813号
学 位 授 与 年 月 日 令和 3年 8月 12日
学 位 授 与 の 要 件 自治医科大学学位規定第4条第3項該当
学 位 論 文 名 経カテーテル的大動脈弁留置術における治療後の予後予測に関する検討 論 文 審 査 委 員 (委員長) 教授 相 澤 啓
(委 員) 教授 今 井 靖 教授 船 山 大
論文内容の要旨
1 研究目的
経カテーテル的大動脈弁留置術(Trans-catheter Aortic Valve Implantation: TAVI)は手術リ スクの高い症例における重症大動脈弁狭窄症(Aortic valve Stenosis: AS)の標準治療として確立
され、2013 年に本邦においても保険償還となり、年々症例数も拡大してきている。しかし一方で、
TAVI 後であっても、未だ予後不良な症例も経験し、TAVI 術後の心血管イベント予測因子に関す
る研究が数々行われてきてはいるものの、まだ不明な点も多いのが事実である。そこで、本研究 の目的は TAVI 術後の予後について未解明の要因について、AS の診断の段階から TAVI 術後に 至るまでさらなる検討を行い、その根拠を確固たるものとし実臨床寄与への一端を担うことであ る。そこでまず第一に、AS 診療における「聴診」が TAVI 術後の予後に及ぼす影響について評 価すること(研究 1)、第二にはTAVI の症例において、食欲毎に長期予後を比較すること(研究 2)、そして第三に入院時の食事摂取方法別に入院期間について比較すること(研究 3)により、
AS の診療の初期段階における「聴診」の重要性を示すとともに、AS 診断における「聴診」をさ らに啓発する根拠とすることであり、さらに食欲や食事摂取方法の TAVI 術後の予後に及ぼす影 響の重要性を改めて理論的に示すことである。
2 研究方法
研究 1:2014 年 7 月から 2019 年12 月までに自治医科大学附属さいたま医療センターで施
行された TAVI 症例を対象とした。AS の初期診断の理由が心雑音である症例を the murmur group、それ以外の理由の症例をthe other-reason group と定義した。主要評価項目としては、
主要心脳血管イベント(major adverse cardiovascular and cerebrovascular events: MACCE)
とした。MACCE は心血管死亡、急性非代償性心不全による入院、後遺症の残る脳卒中の複合と 定義した。そしてMACCE に関して、 2 つのグループにおけるKaplan-Meyer 生存解析を行い、
Log rank 試験にて有意性の評価を行った。
また、MACCE について、多変量COX ハザード解析を施行した。
研究2: 2014 年7 月から2018 年10 月までに自治医科大学附属さいたま医療センターで施行 された大腿動脈アプローチの TAVI 症例とした。母集団は、退院前日の食欲に従って二群に分け た。食事摂取率が90%よりも高かった症例群をGood appetite group と、食事摂取率が90%以 下の症例群を Less appetite group と定義した。主要評価項目としては、TAVI 治療退院後、二
年間のMACCE とした。研究2 におけるMACCE は、心血管死亡、非致死性心筋梗塞、冠動脈
血行再建、急性非代償性心不全による入院、後遺症の残る脳梗塞の複合と定義した。MACCE に 関して、2 つのグループにおけるKaplan-Meyer 生存解析を行い、Log rank 試験にて有意性の 評価を行った。また、MACCE に関する独立因子を求めるため、多変量COX ハザード解析を施 行した。
研究 3:2014 年 7 月から 2017 年 12 月までに自治医科大学附属さいたま医療センターで施行
された経大腿動脈アプローチの TAVI 症例を対象とした。入院期間に従い、母集団を二群に分け た。入院期間21 日以下の群をConventional hospitalization group、入院期間が21 日よりも長い群を Prolonged hospitalization group と定義した。Prolonged hospitalization group の独立規定因子を解析す るため、多変量ロジスティック回帰分析を施行した。
3 研究成果
研究 1:自治医科大学附属さいたま医療センターにて TAVI を施行された連続 273 症例のう ち、15 症例は AS の診断のきっかけとなる理由について明確な記録が残っておらず、除外とし、
258 症例が最終的な解析対象として選択された。さらに、AS 診断のきっかけとなる理由が心雑 音であった。
症例をthe murmur group (n = 81)、その他の症例をthe other-reason group (n = 177)の2つ の群に分けた。
TAVI 術後MACCE に関する多変量COX ハザード解析を行ったところ、the murmur group であることとは、MACCE と有意に逆相関した(HR 0.38, 95%CI 0.17-0.86, P = 0.020)。
研究 2:最終的に 139 症例の経大腿動脈アプローチ TAVI の症例が解析対象となった。母集
団は、good appetite group (n = 105)とless appetite group (n = 34)に分けられた。MACCE のイ ベント率は、good appetite group で有意に低値であった。また、MACCE を従属変数とした、
多変量COX ハザード解析(尤度比、後退ステップワイズ法)では、less appetite group である ことは、2 年後のMACCE について、重大かつ独立した予測因子であった(HR 5.26, 95%CI 1.66- 16.71, P <0.01)。
研究 3:自治医科大学附属さいたま医療センターにて施行された TAVI の連続症例129例のう ち、94 例の大腿動脈アプローチ TAVI の症例を最終の母集団とし、入院期間 21 日以下の conventional hospitalization group(n = 74) と 、21 日 よ り も 長 期 間 入 院 の prolonged hospitalization group(n = 20)の2群間で解析を行った。多変量ロジスティック回帰分析を行っ たところ、入院時の箸を使用した食事摂取が可能な症例はprolonged hospitalizationの逆相関の 規定因子であった(OR 0.05, 95%CI 0.01-0.41, P <0.01)。
4 考察
研究1・2・3 を通して、摂食形態や食欲等の食事や栄養に関連する要因の機能低下がTAVI の 入院期間延長や術後の予後不良に関与することが証明された。この結果は同時に、こういった機 能低下が出現する前段階での AS 症例への介入の重要性を示唆するものでもある。事実、研究1 においては予後の良いthe murmur group にはFrailtyのより少ない患者群が含まれており機能 低下やADL低下が進む前の症例をいかにしてスクリーニングするか、という問題点について「聴 診」という一つの回答を得た。同時に本研究は AS の症例を診療するに当たってスクリーニング と診断から始まり、術前リスク評価や TAVI 術後の予後に至る AS 症例の全期間において重要と なる種々の因子について解析や評価したものであり、さらに臨床への応用も容易であるという長 所を持つ。さらには TAVI の手技および医療経済性への検討を加えることにより日本人に対する 同治療法の最適化を検討していくことが重要となるであろう。
5 結論
研究1・2・3 の結果から、「聴診」によりASを診断する契機を得ることの重要性を示すことで きたとともに、TAVI症例において食欲や食事摂取方法を評価することの、長期予後や入院期間の 予測における重要性を証明することができた。
一方で研究1において、実際に「聴診」を契機にASと診断された症例は全体の約30%に留ま った。そこで本研究結果をもとに聴診による AS 診断がさらに普及することが臨床アウトカムを 改善する上で重要となるであろう。
今後、超高齢者時代を迎え、開心術高リスク症例が更に増加することが予測される。同時にTAVI の臨床成績が向上・安定するにともない、TAVI適応の拡大も見込まれ、今後TAVIはさらに増加 傾向となる可能性がある。そのような来たるべき TAVI 拡大の時代を見据え、本研究の結果を通 じて、ASの診断から治療まで一貫性をもった方法論を構築することが重要と考えられ、更なる研 究成果が期待される。
論文審査の結果の要旨
本論文は早期のAS発見の重要性、食事摂取(栄養状態)が手術成績、遠隔成績に与える影響を 明らかにした点で独創性のある論文である。
患者を診察する際、聴診を行い、大動脈弁狭窄症を診断することで適切な時期に TAVI を行う ことが可能となり、またそのような症例は手術成績も良く、長期の成績も良いことが明らかとな った。
また術前に食事摂取が良好な症例が手術成績も良く、遠隔成績も良いことが明らかになった。
ASの早期発見を行い、よりよい状態で術前ASを管理し、適切なタイミングでTAVIを行うこ とで良好な手術成績、遠隔成績が得られるであろうことを示唆した点も評価できる。
修正・追加すべき点としては
① 本論文では「はじめに」の後、「目的・方法(研究1)」、「結果(研究1)」としているが、
目的が別々に記載されている。「はじめに」と「目的」を論文初めに記載した方が、主旨を 理解しやすいのではないかと提案があった。
この点については修正論文に適切な形で修正されており問題ないと考えられる。
試問の結果の要旨
①質疑応答では TAVI の治療的についてはガイドラインに沿って行っているということであっ たが、本論文にはその記載がなく、TAVI施行の適応について基準を明記する必要性があると指摘 があった。また TAVI の適応と判断するにあたり、さいたま医療センターでどのようなプロセス で判断しているのか(カンファランスの実施状況、SAVR を選択しなかった理由等)診療体制の 記載も必要と指摘があった。この点についての記載が考えらえる。
上記については修正論文において記載が追加されており問題ないと考えられる。