氏 名 千ち 葉ば 英え 美子み こ 学 位 の 種 類 博士 (医学) 学 位 記 番 号 甲第635号
学 位 授 与 年 月 日 令和3年3月15日
学 位 授 与 の 要 件 自治医科大学学位規定第4条第2項該当
学 位 論 文 名 神経ブロック後効果判定における超音波パラメータの有用性の研究 論 文 審 査 委 員 (委員長) 谷 口 信 行 教 授
(委 員) 竹 下 克 志 教 授 佐 藤 正 章 准教授
論文内容の要旨
1 研究目的
超音波ガイド下神経ブロックは、四肢や体幹部の手術や治療手技の鎮痛法として広く用いられ ている区域麻酔である。神経ブロックは効果を発現するまでの時間を要し、また成功率は90%程 度であるため、手技を行う前に鎮痛効果を確認する必要がある。神経ブロック後の効果判定法と しては、従来感覚刺激法が用いられてきたが、簡便ではあるが客観性に乏しく、また、全身麻酔 下手技では評価不能であるなどの欠点があり、客観的かつ簡便な効果判定法の開発が望まれてい る。
超音波検査は非侵襲的検査であり、神経や筋組織の形態、血流、組織弾性診断などが可能であ る。また近年、手根管症候群や糖尿病性末梢神経障害などの末梢神経病変の診断における種々の 超音波検査画像の有用性が報告されている。このことから、超音波検査パラメータが神経ブロッ ク後の非侵襲的、客観的な効果判定法になりうると仮定されるが、これまで同様の検討は行われ ていない。本研究の目的は、神経ブロック効果判定法としての超音波検査のパラメータの有用性 および実行可能性を評価することである。
2 研究方法
本研究は麻布大学獣医学部獣医放射線研究室と共同で行った。対象:健常ビーグル犬7頭。方 法:全身麻酔下に伏臥位で超音波ガイド下坐骨神経ブロックを施行した。超音波画像で左右坐骨 神経を描出し、一方の神経周囲に局所麻酔薬を、もう一方の神経周囲に生理食塩水を注入し、そ れぞれブロック群、コントロール群(ブロック不成功群を模擬)とした。ブロック前およびブロ ック後30分、60分、90分で、薬液注入部末梢側の坐骨神経を超音波画像で観察し各種計測を行 った。B モードの観察で神経断面積(cross sectional area: CSA)を、Superb micro-vascular imaging(SMI)モードを用いて神経内血流(nerve blood flow: NBF)を測定した。また、坐骨神 経および大腿二頭筋(長頭)のshear wave velocity(SWV nerveおよびSWV muscle)を測定し、神 経と筋肉のSWV値の比(SWV nerve/muscle ratio)も算出した。各測定値は同一部位で3回測 定し、平均値を算出した。これらの値を群内および群間で比較した。また、各測定項目において、
ブロック前値との相対変化率を算出し、これらの値をブロック群とコントロール群で比較した。
各測定値は平均値±標準偏差で表記した。統計学的解析は統計ソフトウェア(EZR)を用いて行
った。群内の比較は一元配置分散分析を用い、2群間の比較はStudent’s t testを用いて検定を行 った。また有意な変化がみられた測定項目に関しては、receiver operating characteristic(ROC) 曲線解析を行い、神経ブロックの効果判定における各測定項目の診断能を評価した。いずれの統 計学的検討も有意水準 5%未満を有意差ありとした。神経ブロックの効果判定の指標には、神経 刺激装置による支配筋の反応の有無を用いた。
3 研究成果
全例でブロック群での超音波ガイド下坐骨神経ブロックは成功し、30分後から90分後まで効 果が持続した。神経ブロックの前後でCSA値およびNBF値には有意差は見られなかった。
神経ブロック群のSWV nerveは、統計学的に有意差はなかったものの、神経ブロック後30分 から増加し、90分でも高値を維持した。コントロール群ではSWV nerve値に明らかな変化はみ られなかった。各時系列における群間との比較では、ブロック後 90 分において、ブロック群の SWV nerve値はコントロール群と比較し有意に高値を示した(p < 0.05)。SWV muscle値は、神 経ブロック前後および群間の比較で有意な変化は見られなかった。SWV nerve/muscle ratioは、
神経ブロック群において、ブロック30分後から有意に増加し、90分まで高値を維持した(p < 0.01)。 コントロール群では、神経ブロック前後で明らかな変化はみられなかった。 各時系列での群間の 比較では、神経ブロック後30分、60分、および90分で神経ブロック群がコントロール群と比較 し有意に高値を示した (それぞれ、p < 0.05, p < 0.01およびp < 0.01)。ブロック前との相対変化 値に関しては、SWV nerve値、SWV nerve/muscle ratioで全ての時系列においてコントロール 群よりも有意に高値を示した(全てp < 0.01)。SWV muscle値では有意な変化は見られなかった。
上記の結果から、SWV nerve 値、SWV nerve/muscle ratio、SWV nerve 値および SWV
nerve/muscle ratio の相対変化率が神経ブロックの効果判定法に有用であることが示唆されたた
め、これらの測定値に関してROC曲線分析を行った。SWV nerve値のROC曲線下面積(area under the curve: AUC)は0.779と中等度の診断能を示した。また、SWV nerve/muscle ratio、 SWV nerveおよびSWV nerve/muscle ratioの相対変化率のAUCはそれぞれ0.947、0.998、お よび 1.000 と高い診断能を示した。SWV nerve/muscle ratio の相対変化率の至適カットオフ値
(1.10)での感度、特異度、および陽性反応的中度・陰性反応的中度は全て 100%と高値を示し た。各AUC値の統計学的な比較では、SWV nerve値は、SWV nerve/muscle ratio、SWV nerve
および SWV nerve/muscle ratio の相対変化率と比較し有意に低値を示した。一方、SWV
nerve/muscle ratio、SWV nerveおよびSWV nerve/muscle ratioの相対変化率の各群の比較で は有意差は見られなかった。
4 考察
本研究では、種々の超音波パラメータでの測定のうち、神経ブロック後にSWV nerve値とSWV
nerve/muscle ratio およびそれらの相対変化率が上昇することが明らかとなった。加えて、これ
らの SWV 値は、神経ブロックの効果判定において高い診断能を有することが示された。これら の結果は、神経や筋の SWV 値の測定が神経ブロックの効果判定に有用であることが示唆してい る。
今回の検討ではSWV nerveの実測値に比較し、SWV nerve/muscle ratioやそれらの相対変化
率が高い診断能を示したが、その理由としては、同一個体内での変化率を測定することや、神経 と筋の SWV の比を算出することで、個体間でのこれらの値のばらつきが補正されたためと考え られる。今回の検討では、神経ブロック後において、実際にSWV nerveおよびSWV muscleの 実測値に各個体群間でのばらつきが見られていた。このばらつきの原因としては、肢位や麻酔深 度の違いなどが関与していると考えられる。これら事象からは、SWVを用いた神経ブロックの効 果判定を行う上では、実測値を評価するだけではなく、神経/筋比や相対変化を評価することが重 要であることが示唆された。
CSAおよびNBFに関しては、ブロック前後での有意な変動は見られなかった。この理由とし ては、対象が2㎜以下ときわめて小さく、微細な構造の変化が検出不能であった可能性や神経内 の血流の変化がSMIの検出感度以下であった可能性が考えられる。
過去の神経ブロックの効果判定法と比較し、超音波エラストグラフィを用いた効果判定法には いくつかの利点がある。まず、感覚刺激法と比較し、客観的で定量的な評価が可能である。また、
全身麻酔時にも応用可能であり、感覚刺激法の様に患者への不快感がなく、非侵襲的である。さ らに、神経ブロックは超音波検査を用いて施行されることがほとんどであり、超音波エラストグ ラフィを用いることによってone stopの効果判定が可能である。一方、同法の欠点としては、測 定手技に一定の習熟度が必要であることやエラストグラフィ専用のプローブや超音波機器が必要 な点である。
今回の研究のlimitationとしては、検討例数が少ない点、疼痛刺激を直接評価していない点(全 身麻酔のため)、ブロック後30分以前の評価が行えていない点が挙げられる。また、今後、他の 神経や局所麻酔薬における妥当性評価を行う必要はあるが、今回の動物実験による結果は、ヒト への臨床応用が十分期待できる極めて有用な研究と考えられる。
5 結論
超音波検査を用いた神経や筋のSWVの測定は、神経ブロックの効果判定を行う上で、従来の感 覚評価法と比較し、高い診断能と客観性を備えた、簡便かつ非侵襲的な手法となりうる。
論文審査の結果の要旨
動物(イヌ)を対象として、末梢神経ブロックにより神経自身及び周囲の骨格筋の弾性率(硬 さ)が経時的にどのように変化するかを検討し、ブロック後にshear wave-velocityの神経/筋 の比率が有意に高くなることを明らかにした。この研究は新規性が高いだけでなく独創的であ り、この手法は、従来のブロック後の効果判定法である感覚刺激法に比べ精度が高いだけでなく、
不快感もないため、ヒトへの応用が期待される。
審査において指摘された点は、ブロック前後の測定断面は最適であったのか、検討時間が 30 分以後になっているが臨床的には30分以内のデータが必要なことがあることなどであった。い ずれの質問にも適切な回答を行い、必要な部分について修正を行った。
記載も独創的で説得力のある内容で、本論文は本学の学位論文として十分なものとして、全員一 致で合格と判定した。
ただし、審査時点で当初投稿した雑誌にアクセプトされておらず、他誌に早期に投稿し、掲載
されることを促した。
最終試験の結果の要旨
学位審査会(WEBで)において、研究の背景、目的、方法、結果、考察ともわかりやすいプレ ゼンテーションが行われた。その後の質疑応答においても、審査委員の質問に対して適切な回答 がなされた。申請者は、エラストグラフィに関する十分な知識を有するだけでなく、超音波画像、
血流などの利用方法も適切であった。また、統計解析を用いたデータ処理も適切であった。
審査員から、今回用いた超音波断面設定が最適かどうかの質問がなされたが、臨床的な利用を 想定すると今回の断面が最適あるとの回答を行った。
ただし、論文で使用する用語の記載方法に工夫が必要であるとの意見があり、一部の修正を求 められた。
本申請発表における知識、技能について、発表方法、質問への回答、発表内容に関する知識と も、学位審査の要件を満たすことが審査委員の一致した意見であった。