第 1 章 文献レビュー
第 5 節 在中日系企業の経営管理
2. 在中日系企業の経営実態
日本的経営と言えば、終身雇用制度、年功序列の賃金制度および企業内労働組合からな る「3 つの神器」と考えられる。一方、中国に進出する日系企業の多くは中国の実情に合わ せて日本的経営を変容させてきた。具体的には、長期的雇用から短期的雇用(終身制から 契約制へ)、年功序列から業績主義、職務内容や責任が曖昧から明確へ転換しつつあること が挙げられる。
また、日本企業の経営行動上の特徴と言えば、人間尊重の経営、正しい規則・強い責任 感、明白な階級性、自覚的な協力・行動、ホウレンソウを代表とするコミュニケーション の重視、5S 管理を代表とする生産管理の特徴などが挙げられる。それらを中国人従業員の 目から見ると、「企業は人なり」という経営理念の徹底、日本人の真面目さ、大事とされる チームワーク、多くの社員教育活動という日本企業の魅力として取り上げられている(金 山、2010)。
一方、さまざまな統計データにより、日系企業の中国進出は遅れていないが、収益状況、
経営マネジメントにしても、中国従業員からの評価にしても、いずれも欧米企業に比べ大
きな格差が見られている。
2008 年、日本『ダイヤモンド』誌が中国の普通のサラリーマンを対象に「中国での企業 好感度調査」を実施した。対象企業は中国に進出している日系企業 79 社、中国現地企業 11 社、その他外資系企業 30 社とされ、調査項目は、「一流だと思う企業」、「商品を購入した いと思う企業」、「働きたいと思う企業」の 3 項目からなっている。調査結果によると、ソ ニーはキャノンに次いで 2 番目のランキングインした日系企業であるが、総ランキングで 第 23 位を占めるに過ぎない。全ての項目で首位を獲得したのは、マイクロソフト、IBM、
BMW のような欧米企業であった179。2001 年から 2009 年まで中国で最も尊敬される 51 社の中 で日系企業はただ 1 社の広州ホンダだけで、また中国最優秀企業市民賞 61 社の中、日系企 業はキャノン、ソニーなどの 8 社だけ選ばれたが、それに対し欧米系は 30 社、中国企業は 22 社であった180。
日本貿易振興機構 JETRO の中国進出日系企業に対する 2002 年~2006 年にかけての 3 回の アンケート調査により、人事、労務管理問題を経営課題のトップに置く企業は 90%以上を 占めている。65%以上の企業は管理専門人材の確保が難しいことを最大の問題点とし、約 40%の企業は他社による引き抜きやジョブホッピング問題を厳しいものと考える。最新の 2010 年度の調査において、経営課題の第 1 位は中国における従業員の賃金上昇問題であり、
8 割以上の日系企業でこの問題を取り上げた。それ以外に、依然として 4 割以上の企業は人 材確保の困難さと現地人材の育成問題を主な経営課題として取り上げた181。
一方、日系企業の離職率が高いことは種々なデータにより示されている。日本労働政策 研究・研修機構(JILPT)の調査により、2004 年中国における日系企業のトップ管理職及び 平社員の離職率は全世界のトップを占め、それぞれ 9.3%と 15%であり、世界平均レベルの 7.8%と 12.2%を上回っている。特に注目されるのは、会社にとって欠かせない生産現場の最 前線で活躍する主任/監督層/熟練工の離職率が際立ち、2002 年の 15.2%から 2004 年の 27.8%
にまで急上昇し、世界第 1 位となった。他方、企業の日常業務運営の課長/部長層の管理職 の離職率も高いレベルが示され、11.3%に達している182。
中国側の統計データについて、上海日能総研中智諮問有限公司が 2005 年公布した『日系 企業・欧米企業の給与・福祉制度実態比較報告書』によると、2004 年日系企業の従業員の 離職率は 26.8%に達し、その中の 82.9%は自発的離職に属す。欧米企業の 18.8%と 60.9%の 割合を上回った183。また、中智人的資源有限公司が始めて公布した『2005 年上海日系企業 給与調査報告書』により、2004 年の 20%の高い離職率段階を経て、2005 年日系企業の自 発離職率はやや下降する傾向が見られるが、依然にして 13.6%の高いレベルにあることが示 された。一方欧米企業の従業員の自発離職率は 6.5%であり、日系企業のそれの半分にも及 ばなかった。更に調査により、職務階層が高いほど従業員の離職率が低くなり、在中日系 企業の一般従業員の離職問題が厳しい状況に直面していたことが示された184。
次に、管理職の予備軍と呼ばれる中国大学生の日系企業に対する評価を見てみよう。中 国英才網が 2003 年から『中国大学生の人気就職先』の調査を行い、現在中国の大学生を対 象とする最も規模が大きく、影響力がある就職先調査ブランドとなった。調査は CBCD 次元 を用いて、大学生が理想的な就職先を選ぶ時の考える要因を分析する。CBCD はそれぞれ、
Compensation(給与福祉)、Brand(ブランド実力)、Culture(企業文化)と Development
(キャリアアップ)に対応する。ここ数年の調査により、給与福祉という短期的な利益よ り、大学生は最も重要視しているのは「明確なキャリアパス」であり、キャリアアップを 企業選択志向のトップ位置に置いたことが分かる。
表 4 中国大学生人気就職先トップ 50 社
出所:中華英才網http://www.chinahr.com/promotion/mkt/2011bestemployer01/ により筆者作成
9 年間のデータを見ると、トップ 50 社の中で外資系企業の位置が下がり、中国現地企業 の人気が高まっていることが分かる。一方、トップ 50 社に入る日系企業は 1~3 社に過ぎ ず、2003 年以降、トップ 20 社に入る日系企業が 1 社もなく、更に 2010 年と 2011 年のラン キングには日系企業の姿が消えてしまうことが明らかである。それに対して、米国系企業 はこの 9 年間に 10~18 社がトップ 50 に入るとともに、全て高い順位を占めていることか ら、外資系企業の中で米国系企業が一番魅力的であり、日系企業の人気度が低いのが現状 であると示される(表 4)。
一体どういう原因で日系企業の人気度の低下、優秀な人材の確保が困難であることを引 き起こすか。中日両国の学者たちが大量の調査研究を積み重ねた。複雑な歴史と政治的な 原因を除いて、研究はほぼ以下の結論が得られた。
①中国進出の経営戦略から決められた業務分散、整合の不行き届き。中国従業員の給与 と福祉は競争力が欠け、現地化意識が薄く、技術開発、人材育成、経営管理の現地化が遅 れている。
②日本企業固有の経営管理方式と中国人の思考様式との食い違い。例えば、職務の曖昧 さ、業績考課のプロセスの不透明化、昇進昇級には年功序列の重視、昇進の遅さ、仕事の 過負荷、サービス残業が多い、生産性の低下、管理プロセス、制度が硬直で柔軟ではない 等。
③PR 意識の欠如。ブランド管理の不行き届き、ブランドの認知度が高くない。
(1) 日本学者の研究
馬成三(2000)は中国進出の欧米企業と日系企業の経営マネジメントを比較し、日米欧 企業の中国人従業員を対象とするアンケート調査により、中国における日系企業の人気が 欧米企業より相対的に低い原因は、中国人の対日感情以外に、日系企業の賃金制度と人事 制度によるところが最も大きいと示した185。
関満博(2003)は日本企業が同じ業種、地位におけるアメリカ、中国台湾と韓国企業よ り高いコストを掛かることを指摘し、且つこれを様々な差異要因に帰するとした。その中 の 1 つは相対的に遅れる現地化(顧客開発と商品供給を含む)である。関は更に、在中日 系企業の子会社はしばしば構造が肥大化している一方、西欧の子会社はより効率的で且つ 規模が小さいと指摘した186。
古田(2004)は日本企業が中国で如何にして現地化するかを目当てに実証分析を行う数 少ない日本学者の一人であり、一連の調査とインタビューを通じて、日本企業が中国で商 品を販売し始める趨勢を解明しようと考えた。彼は管理層が中国で商品販売するビジネス 戦略の裏にある決定的要因に焦点を当て、最終的に、中国の CEO こそ中国の市場シェアを
2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年
中国企業 19 16 17 24 25 28 29 47 39
外資系企業 31 34 33 26 25 22 21 3 11
ソニー(17) ソニー(26) ソニー(22) 松下(29) 松下(27) ホンダ(24) 松下(32) 松下(46) 松下(41) ホンダ(35) ホンダ(28) 松下(25)
トヨタ(46) ソニー(40) トヨタ(42) トヨタ(49)
日系企業 ソニー
(38)
拡大できるという結論を得た。同時に古田は、多く派遣される駐在員による高コストも在 中日系企業の業績を悪くする要因の 1 つであると指摘した187
鈴木等(2005)は在中外資系企業(8 割以上が製造業である)従業員の昇進問題について、
日系、米国系、韓国系及び台湾企業の現状を比較した。結果により、日系企業は部長級以 下の人材現地化においてうまく進んでいるが、より高い経営陣、社長、CEO などの人材現地 化は相対的に遅れていることが分かる188。さらに、2008~2011 年の調査では、在中日系企 業の中国コア人材の早期選抜、登用に至っておらず、コア人材の昇進できる職位が部長ま でが変わらず、中国人が経営層になれないという点は変わっていないことが明らかにされ た。また、コア人材を定着させるための施策の有効性について、「能力開発の機会の拡充」
が低下するなど、中国人ホワイトカラーの希望が十分にくみ取れないことから、鈴木は、
中国の日系企業はコア人材制度個々の施策の実施に改善の余地がまだ大きいと指摘した189。 長谷(2006)はこれまでの日本企業は最小のコストと最大の利潤を追求したが、これは 不十分であると指摘し、日本企業の人間尊重経営という文化を念頭に置きながら、相応的 に欧米企業の現地化戦略と方法を取り入れ、日本国内においても必要に応じて企業のグロ ーバル化を追求すべきと提言した190。
(2) 中国学者の研究
20 世紀 90 年代初期頃、中国社会科学院心理研究所は中国従業員の日系企業に対する評価 について、専門的な調査研究を行った。研究は雇用の安定性、昇進の機会、上司の態度、
現在の給料、昇給、仕事の時間、休暇日と福祉厚生という次元から、インタビューとアン ケート調査の方式で、11 都市にある日系企業 37 社の中国従業員 6500 名を調査した。調査 結果に示されたように、中国従業員は日系企業に対する満足度は驚くほど低く、特に現在 の給料、昇給と仕事の時間に対する不満足を抱える従業員の割合はいずれも半分以上を超 え、転職したい人の割合も 56.6%までに達した。分析報告により、賃金が低すぎる、福利厚 生が良くない、労働時間が長すぎるという点は、中国従業員が日系企業を低く評価する重 要な原因である。加えて、中国従業員に対する軽蔑感、合弁企業の中日経営陣間の摩擦も 労使間の緊張を生じる原因であることが推測される191。
王慶珊、凌文辁、方俐洛(2002)は広州にある日系企業 40 社の従業員 2500 名に対して 給与の現状及び給与に対する満足感を調査した。結果により、給料の低さが中国従業員の 不満足を引き起こす最大の要因であることが示された。それ以外の要因として、①年功序 列制の影響、 ②市場シェア率拡大主義の影響、 ③制御される給与の増長率、④遅れてい る現地化が挙げられた192。
一方、前記のような経営上の問題を認識しながら、積極的に改善策を講じる日系企業は 数多く見られる。曾湘泉、蘇中興(2009)は北京と上海の日系企業 18 社に対してアンケー ト調査を行い、伝統的な日本型人的資源管理の様式の、中国の環境における挑戦と変遷を 考察した。アンケート調査の結果とインタビューを組み合わせて、在中日系企業の人的資 源管理の特徴を以下のようにまめられる。①長期的雇用から短期的雇用へ転換した、②年 功序列から業績主義へ転換した、③職務上の責任は曖昧から明確へ転換した。即ち、調査 した日系企業の殆どは中国の国情に合わせた人的資源管理施策をとるようになるという結 論が得られた。その変遷の原因として、労働力不足、社会保障体系の変容、及び文化差異 の影響が挙げられている193。
更に、現地化に向けて積極的に対策を取り組んでいる日系企業の姿も数多く見られるよ