第 4 章 実証調査分析 I 在中日系企業従業員の職場ストレス、組織サポート、職務満足
第 4 節 結果と考察
2. 在中日系企業の従業員の職場ストレスと職務満足感の差異の分析と考察
①職場ストレス全体状況分析および次元別分析
本研究の理論モデルでは、職場ストレスを仕事そのもの、役割関連、人間関係、キャリ ア発達と組織構造と風土、という 5 次元に分けた。予備調査において、探索的因子分析に よりこのモデルの妥当性を検証した結果、5 次元が抽出されたが、予想されたモデルと食い 違いが見られた。探索的因子分析の結果により、理論モデルを補正し、仕事そのもの、役 割の曖昧さ、役割の葛藤、人間関係と組織構造・風土とキャリア発達の 5 次元にした。こ れにより役割関連のストレッサーを更に細分化する必要があることが示された一方、キャ リア発達が組織の構造や管理スタイルに密接な関係があることも明らかにされた。
調査結果により、在中日系企業の従業員の全体的職場ストレスはやや低いレベルにあり、
全体的職場ストレスは大きくないことが示された。これは個別インタビューの結果とはや や外れた結果となった。考えられる原因として、以下の 2 つを取り上げる。
第一に、本研究の調査結果により、在中日系企業の従業員が知覚する組織サポートのレ ベルが比較的に高いことに関係があると考える。即ち、組織サポートは職場ストレスに対 して直接低減効果を及ぼす。第二に、日系企業の組織構造や経営特徴に関係があると思う。
伝統的な日本企業には雇用の安定を前提とする終身雇用制が普遍的な雇用システムとして 存在し、社会に大きな影響を及ぼしてきた。一方、中国に進出した日系企業は、現地の実 情に合わせるために長期的雇用から短期的雇用、即ち、終身雇用から契約制に転換を余儀 なくされているのが一般的である。それにしても、多くの日系企業は慣行の長期雇用の色 彩が多少見られ、企業の様々な制度や施策に反映されている。例えば、やむを得ない時で はない限り、リストラしない。余剰人員を企業内部で消化するか、または関連企業へ派遣 し、ローテンションによって配置する。一方、従業員の基本給を削減しないことを前提に、
ボーナス、各種の手当て、福祉費用などを調整することによりコスト削減を実現する。2008 年に全世界に波及した金融危機の際に、多くの日系企業は従業員の有給休暇の集中手配や、
週四日勤務制の導入、一部あるいは完全操業停止、生産停止の上での従業員への長期休暇 の手配などの方法を通じて、出来る限り最小限のリストラで労働コストを切り詰めている。
この点については中国の従業員から高く評価された。個別インタビューの対象者のほぼ全 員が日系企業の雇用の安定さについて認めた。そのため、よほど大きなミスを犯さない限 り、解雇されていないことを前提に、従業員が安心して企業で働くことができ、心理的な 緊張感やストレスも比較的に緩和されるが考えられる。
職場ストレスの具体的な尺度を見ると、強さの高い方から順に組織構造・風土とキャリ ア発達、仕事そのもの、役割の葛藤、人間関係と役割の曖昧さとなる。そのうち、前の 2 つの尺度の得点はいずれも中央値以上であることから、従業員がこの 2 つの側面に感じる ストレスがやや高いことが示された。一方、本研究の仮説を検証するために、キャリア発 達の 2 項目を抽出して平均値を算出した結果、3.184 と最も高い数値となり、在中日系企業 の従業員が感じるキャリア発達からのストレスが一番大きいことが示された。これによっ て、本研究の第 1 の仮説が検証された。
伝統的な日本企業の人事考課、昇進制度は、個人の能力だけではなく、勤務年数や資格 などの年功的な要素も考慮されるのが一般的である。中国に進出する日系企業は現地の事 情に合わせて人事考課、昇進制度を多少調整したが、欧米企業より年功序列的な色彩が濃 い。また、同一年齢層(勤続年数)の従業員の賃金格差が少なく、昇進についても、先輩 が後輩より早く出世することも合理的と考えられ、昇進スピードがアメリカ企業より遅い のは一般的である。さらに、委託加工をメインとする製造業は、現場の従業員の賃金が欧 米企業に比べて競争力を有さない。今回の調査では、中間管理職や経営陣が多く占めてい る日系企業の従業員と一般社員が主流である米国系企業の従業員との激しい賃金差から明 らかにされる。また、評価制度について、上司の好き嫌いが基準となるといった制度上の 不備、評価基準があっても公表しない、或いは結果のフィードバックをしていないなど、
客観性、公平性、透明性に欠けている問題点もしばしば指摘されている。今回の調査結果 から見ると、中国の現地スタッフが日系企業の典型的な年功序列の賃金、昇進および評価 制度が反映される経営手法、組織構造・風土に対し、多少の違和感を感じとれる。
② 人口統計学変数および制御変数による差異分析
人口統計学の変数から見ると、在中日系企業の従業員の職場ストレスは一部の変数にお いて有意な差が見られた。年齢階層別に見ると、全体的に有意な差が見られていない。た だし、役割の曖昧さに関しては、30 歳以下の従業員が感じるストレスが他の年齢層より高 いことが示された。また、相対的に言えば、41~45 才と 30 才以下の従業員が感じるストレ スがやや高い。41~45 年齢層の従業員は殆ど改革開放の初期段階に日系企業に入社した方 であり、必ずしも高等教育を受けたわけではない。自分の勤勉で地道に働くことによりあ る程度の技能を身につけ、会社の管理職や技術担当になった人もいる。しかし、業界の著 しい変化や高素質の若手社員に直面する時に、学習能力と自己向上能力の面における著し い不足を感じる。また、この年齢層の従業員の身心的健康状態を考慮すると、職場からの ストレスを感じやすいと考えられる。一方、30 才以下の年齢層の従業員は社会に入って間 もない人間が殆どであり、それまでの学校生活と全く異なる職場環境、人間関係に直面す る時に、戸惑いや仕事の挫折感が生じやすいと予測される。
性別に見ると、人間関係以外に、男女間に有意な差はほぼ見られない。一方、男性が人 間関係で感じるストレスは意外にも女性より大きい。これは女性が対人関係を重んじ、人 間関係からのストレスを感じやすく、また、腹を探り合って暗闘することが好きである、
という一般的な先入観とはかなり異なる。考えられる原因として、女性は感情的欲求を男
性より強く求め、職場では友達ができやすい。また、男性より上司や同僚からのサポート を容易にもらえるため、仕事上のストレスを緩和できると考えられる。一方、日系企業で は女性が男性のように重要なポストに就くのが少ないため、人間関係の面では男性より単 純であることも考えられる。全体的に見ると、男性の職場ストレスが女性より大きいこと が分かった。
学歴という側面から見ると、短大以下の学歴を持つ従業員が仕事そのものを除き、人間 関係を初めとする 4 尺度で感じるストレスが他の学歴層の従業員より高い。これは短大以 下の学歴を持つ従業員は事務のような単純労働に従事する可能性が大きく、仕事に必要と される技能が複雑ではないであるため、人間関係の対処により力を入れると考えられる。
一方、学歴レベルが低いため、産業構造変化や技術革新・情報化の進展につれ、自己の能 力欠如や企業再編などによる人員削減に対してストレス感を抱えやすい。
勤務年数を見ると、全体的職場ストレスに関して、グループ間で有意な差が認められて いない。相対的に言えば、勤務 20 年以上の従業員が役割関連で感じるストレスがやや大き い。会社で長く働いたがまだキャリアの方向性を見出せず、特に適切な役職には昇進でき ない従業員は自分の役割に対して疑惑を生じる可能性があることが考えられる。一方、勤 務 20 年以上の従業員のサンプル数は 5 人に限られるため、サンプル全体に対する説明力が 高くないとされる。同時に勤務年数が 5 年以下の従業員は、仕事に対する不慣れや自己の 組織内における位置づけに対して曖昧な部分が多く、これによって役割関連のストレスが 生じやすくなる。
職務内容において、職場ストレス全体としては顕著な差異が見られる。即ち従事する職 務内容によって従業員が感じる職場ストレスの強さも著しく異なる。そのうち、生産管理 の仕事に従事する従業員が感じるストレスが最も高く、人事総務に携わる従業員より遥か に上回る。個別尺度において顕著な差異が見られるのは人間関係であり、同様に生産管理 の仕事に従事する従業員が感じるストレスが最も高い。未だに委託加工を中心とする在中 日系企業においては、生産管理の仕事に従事する従業員が感じるストレスが最も高いのは 不思議ではない。仕事そのものにおいて研究開発に従事する従業員が感じるストレスが最 も高い。科学技術の進歩につれ、他社がコピーできないコア技術こそ企業間の競争力であ る。これによって研究開発に従事する従業員に、より一層高いレベルが求められている。
従って、仕事そのものに直面する時に、より多くのストレスを感じやすくなる。
役職の面において、人間関係と組織構造・風土とキャリアアップ尺度において、顕著な 差異が示された。人間関係において、中間管理職が感じるストレスが最大であり、一般社 員より遥かに上回る。これにより中間管理職が上司と部下との板ばさみで人間関係の調節 に苦しんでいることが示された。一方、組織構造・風土とキャリア発達において、現場管 理職が感じるストレスが中間管理職や経営陣より遥かに上回る。更にキャリア発達の項目 を抽出して、役職因子における一元配置分散分析の結果を見ると、顕著な差異が見られる。
一般社員と現場管理職が感じるキャリア発達に由来するストレスが中間管理職や経営陣よ り遥かに大きいことが一目瞭然である。
月給については、収入にる仕事そのものと役割関連という下位尺度において、大きな差 異が見られる。月給が 9000 元以上の従業員は仕事そのものに感じるストレスが最大であり、
月給が 3000 元以下の従業員より大いに上回る。逆に、役割関連の面において、月給が 3000 元以下の従業員が感じるストレスは月給が 9000 元以上の従業員より遥かに高い。これは月 給が 9000 元以上の従業員の殆どは管理職或いは技術職の中堅であるため、自ら責任の重さ