第 1 章 文献レビュー
第 3 節 職場ストレスと職務満足感との関連の先行研究
前記の文献レビューから分かるように、職場ストレッサーと職務満足感の影響要因には 共通性が見られる。仕事そのもの、人間関係、組織の経営管理などの職場ストレッサーは 同時に職務満足感の重要な影響要因でもある。従って、職場ストレスと職務満足感との間 に一定の相関性があると想定され、両者間の関連に関する研究も蓄積されてきた。
1. 理論的研究
職場ストレスと職務満足感との関連に対する研究は French と Caplan(1974)が提唱した 個人-環境適合モデルに遡ることができる。French らは、個人能力と仕事の要求度との間に 存在する不適合、及び個人の深層的欲求と仕事に提供される資源との間に存在する不適合 を検討した上に、仕事の環境と個人との適合さが個人のストレス反応に影響を与えるとい う結論を得た。このモデルでは、職務満足感が身心的健康とともにストレスの反応として 取り上げられた。
Karasek(1979)が提唱した仕事の要求度-コントロールモデルでは、職務満足感が使用 され、仕事の要求度・コントロールに示された職場ストレッサーとの関連が検討されてい た。研究の結果、仕事の要求度・コントロール共に低い「不活性化群」では、職務満足感 が最も低く、仕事の要求度・コントロール共に高い「活性化群」では、従業員が動機付け られ、職務満足感が最も高いことが示されていた。
Cooper ら(1988)が開発した OSI (occupa-tional stress indicator)職場ストレス指標 体系では、ストレッサー、個人特徴、コントロール源、コーピング対策、職務満足感、生 理的健康状況と心理的健康状況という 7 つの側面から職場ストレスを全般的に測定した。
このモデルでは、職務満足感が、抑うつ感などの心理的ストレス反応と並んで、ストレス 反応の一部として位置づけられていた。
Robbins(1996)が提唱したストレッサー-ストレス体験-ストレス結果の三者モデルでは、
職務満足感の低下をストレスの結果における心理的症状として取り上げられ、かつ職場ス トレッサーが引き起こす最も顕著な心理的症状であると指摘された。
Bedeian と Armenakis(1981)は役割関連のストレッサーと職務態度との関係から、職場 ストレスモデルを提唱した。このモデルでは、過大な役割の葛藤と役割の曖昧さが仕事の 緊張感を引き起こし、更に従業員の職務満足感を低下させ、離職意思を導くという過程が 想定されていた(図 7)。また、役割関連からのストレッサーが緊張感を媒介し、満足度を 経て、離職意思に至らしめる以外に、直接に満足感の低下や離職意思に影響を与えること が示された133。
図 7 役割ストレス過程のパス分析
出所: Lorne sulsky,Carlla Smith 著、馬剣虹等訳(2007)、『Work Stress 工作压力』、中国軽工業出版社,p172
Kemery、Mossholder と Bedeian(1987)は構造方程式の方法で Beehr(1978)、Locke(1976)、 と Schuler(1982)によって提唱された仕事に関連するストレスモデルと職務満足感モデル を検証した(図 8)。
モデル a に示されたように、役割の葛藤と役割の曖昧さは、職務満足感の低下や生理的 症状を引き起し、これによって従業員の離職意思に至らしめる。モデル b では更に職務満 足感と生理的症状との相互関係を加えた。即ち職務満足感と生理的症状が互いに作用し、
影響しあうとされる。モデル c では、職務満足感を役割の葛藤、役割の曖昧さと生理的症 状、離職意思との間の媒介要因として取り上げるとともに、実際事件の発生順位が示され た(例えば、職務満足感は必ず生理的症状が出る前に低下することなど)134。
図 8 Kemery 等の職場ストレスモデル型
a
b
c
出所:Lorne sulsky,Carlla Smith 著、馬剣虹等訳(2007)、『Work Stress 工作压力』、中国軽工業出版社,p173 Cherniss(1980)が提唱したバーンアウト過程モデルでは、職務満足は逆転させて、職務
役割の曖昧さ
役割の葛藤
緊 張 満足度 離職意思
役割の葛藤
役割の曖昧さ
職務満足感の低下
生理的症状
離職意思
役割の葛藤
役割の曖昧さ
職務満足感の低下
生理的症状
離職意思
役割の葛藤
役割の曖昧さ
職務満足感の低下 生理的症状 離職意思
不満足として扱われて、バーンアウトを媒介して職場ストレッサーが至らしめる最終状態 とされている(図 9)135。
図 9 Chemis のバーンアウト過程モデル
出所:Cherniss,C.(1980),Staff burnout:Job stress in the human service.California:SagePublieation,p221
前記の研究で示したように、職務満足感が職場ストレスの結果変数として位置づけられ たことが多く、職場ストレスと職務満足感との間に負の相関関係があるという認識が一般 的である。しかし、研究が深まるにつれ、職場ストレスと職務満足感との関係が想像以上 に複雑であり、単なる因果関係ではないことが確認された。特に職場ストレッサーの種類 の違いにより、職務満足感に与える効果に差異があることが多くの研究から検証された。
2. 実証研究
(1) 国外学者の研究
Hall と Lawler(1971)は実験室の研究員を対象とした職場ストレスの研究では、ストレ ッサーを時間、品質と財務責任の 3 種類に分けた。研究結果により、この 3 つのストレッ サーが個人の満足感や組織パフォーマンスに及ぼす影響も異なることが明らかにされた。
時間的ストレッサーと職務満足感とは負の相関関係が示され、実験品質の要求度からのス トレッサーと職務満足感とは正の相関関係が示された。一方、財務責任に起因するストレ ッサーは個人と組織のパフォーマンスに有益であり、職務満足感との間に高い正の相関関 係があることが確認された136。
Burke(1976)はカナダ男性専門職 228 名をサンプルとした研究を行った結果、14 項目の ストレッサーの中、9 項目のストレッサーが職務満足感の 12 項目の大部分とは負の相関関 係が見られた。4 項目のストレッサーが職務満足感の大部分の尺度とは正の相関関係が見ら れた。職務満足感と負の相関関係が示されるストレッサーには、組織サポートの欠如、環 境へのコントロールの欠如などがあるのに対し、職務満足感と正の相関関係を有するスト レッサーには、挑戦的な仕事、高い権限移譲などが挙げられた137。
個人-環境適合理論に基づき、一部の研究者は仕事の負荷と人間関係の葛藤が従業員の満 足感に対する影響を考察した。GansterD.C(1986)の研究により、低い仕事の負荷が職務の 不満足、健康症状、抑うつとの間に正の相関関係が示された138。Spector(1987) は仕事の過 負荷と人間関係の葛藤が、性急さ、挫折感、職務満足感と健康症状との間に高い負の相関 関係があることを報告した139。
Cavanaugh ら(2000)はストレッサーをチャレンジストレッサーとヒンドランスストレッ サーに区分して分析した結果、チャレンジストレッサーが職務満足にプラスの影響を及ぼ すのに対し、ヒンドランスストレッサーが職務満足にマイナスの影響を及ぼすことが明確 にされた140。
島田(2004)は、職務満足感を職場ストレッサーにより規定されるストレス反応ではな く、職場ストレッサーとストレス反応間の関連を緩衝する緩衝要因として捉え、実証研究 を行った。日本企業従業員 6356 名を対象として調査した結果、自覚する職場ストレッサー の種類により、ストレス反応低減に有効な職務満足感の種類が異なることが示された。具
仕事環境特徴 職場ストレッサー バーンアウト 職務不満足
体的には、量的負荷に関する職場ストレッサーが高い場合に、「能力発揮への満足感」がス トレス反応の低減に有効であること、また、質的負荷に関する職場ストレッサーが高い場 合には、「能力発揮への満足感」に加え「対人関係への満足感」がストレス反応の低減に有 効であることが示された141。
(2) 中国学者の研究
舒暁兵・廖建橋(2003)は国有企業の管理職を研究サンプルとし、職場ストレッサーと 職務満足感との関係を研究した。研究結果により、国有企業の管理職の職場ストレッサー が職務満足感に著しい影響を与えることが分かった。そのうち、組織構造と傾向、キャリ ア発達、仕事の条件と要求は管理職の職務満足感に影響を与える主な要因であると示され た142。
許小東(2004)は職場ストレッサーを 2 つの種類に大別した。1 つは仕事そのものに起因 するものであり、仕事の内容、仕事の基準要求などの要素から構成され、内的ストレッサ ーと命名された。もう 1 つは仕事以外の要素に起因し、仕事の環境、人間関係などから構 成され、外的ストレッサーと命名された。許は更に知識労働者を対象に、職場ストレスと 職務満足感との関連を検討し、内的ストレッサーが職務満足感との間に高い正の相関性が 見られるのに対し、外的ストレッサーが職務満足感との間に高い負の相関関係があると指 摘した143。
劉璞、謝家琳、井润田(2005)は四川省の転換期にある某国有企業従業員 5 千人を研究 対象とし、国有企業従業員の職場ストレスと職務満足感との関係の実証研究を行った。結 果により、職場ストレッサーと職務満足感との間に高い相関関係が示され、その中で社会 的要因、仕事環境というストレッサーと職務満足感との間に負の相関関係を呈し、ポスト 競争、仕事の要求というストレッサーと職務満足感との間には、相関関係がほぼ存在して いないことが分かった144。
蒋莹(2006)はハイテック企業の従業員に対する調査結果により、職場ストレスと職務 満足感との間に負の相関関係があることが示された。更に個人の統制の所在が職場ストレ スの職務満足感に対する影響において部分的に媒介効果が明らかにされた145。
顔愛民、王維雅(2007)は浙江省の中小民営企業 7 社の一般社員をサンプルとして、職 場ストレスと職務満足感の実証研究を行った。研究結果により、役割認知、キャリア発達、
組織要因と人間関係というストレッサーが職務満足感全体と高い負の相関関係が見られ、
組織要因、人間関係、キャリア発達と社会的要因というストレッサーが職務満足感に対し て予測力を持つことが確認された146。
柳顕群(2008)は浙江省の国有企業の管理職を研究対象に、職場ストレスと職務満足感 の実証研究を行った。研究結果により、国有企業の管理職の内的ストレッサーは仕事その もの、キャリア発達に対する満足感との間に、顕著な正の相関関係がある一方、外的スト レッサーは同僚、管理者に対する満足感との間に高い負の相関関係が見られるとされてい る147。
卞玉龍等(2013)は、23 企業の研究開発従業員 1957 名を対象に、アンケート調査を行い、
ソーシャルサポート、職場ストレスと自己効力感の職務満足への影響を考察した。研究の 結果、職場ストレスは、重要な媒介変数としてソーシャルサポートと自己効力感の職務満 足に及ぼす影響過程における部分的な媒介効果、また、職務満足感の最も重要な直接影響 要因であることが確認された。職務の不満足はまさに職場ストレスの最もシンプルで、顕