第 9 章 置換の符号と転倒数 ( よりみち ) 69
25.5 基底の変換行列
前節にて,U上の各ベクトルvを数値化する方法を述べた. ここで注意すべきは,数値化された情報は 線形同型F の取り方に依存すること,言い換えればUの基底の取り方に依存することである. 基底を取 りかえるたびに以前の基底による情報が役に立たなくなるようでは甚だ不便であるから, 基底の取り変 えによりvの数値化がどのように変化するかを調べておこう.
いま,Uはn次元であるとし,Uにおいて二組の基底u1,· · · ,unおよびu′1,· · · ,u′nが与えられている とする. このとき,各u′1,· · ·,u′n∈U は基底u1,· · ·,unの線形結合で書ける. これを式で書けば:
[u′1,u′2,· · · ,u′n] =[∑n
i=1ai1ui, ∑n
i=1ai2ui, . . . , ∑n
i=1ainui
]
= [u1,u2,· · · ,un]
a11 a12 . . . a1n a21 a22 . . . a2n ... ... ... ... an1 an2 . . . ann
.
定義 25.5.1. 上式に現れる行列P = [aij]を基底u1,· · ·,unによる基底u′1,· · ·,u′nの変換行列3という. 備考25.5.2. 命題25.4.1(2)により変換行列Pは可逆である. そこで[u′1,u′2,· · · ,u′n] = [u1,u2,· · ·,un]P の両辺に右からP−1をかけることで[u1,u2,· · ·,un] = [u′1,u′2,· · ·,u′n]P−1 を得る. すなわち, 基底 u′1,· · · ,u′nによる基底u1,· · · ,unの変換行列はP−1である.
例25.5.3. w1,· · · ,wn∈Rnを基底とする. 標準基底e1,· · ·,enによる基底w1,· · · ,wnの変換行列は, [w1,· · ·,wn]である.
備考 25.5.4. 基底u1,· · ·,unによる基底u′1,· · · ,u′nの変換行列をP とする. F1 :U →Rnをuiをei
に写す線形同型とし,F2 :U →Rnをu′iをeiに写す線形同型とする. U∋
v= [u′
1,· · ·,u′n]x
= [u1,· · ·,un]Px
Rn∋x Px∈Rn
F2 F1
TP
各ベクトルv= [u′1,· · ·,u′n]x∈U (ただしx∈Rn)に対応するRnの元は,同型F2を用いればF2(v) =x であり,同型F1を用いれば,v= [u′1,· · ·,u′n]x= [u1,· · · ,un]PxよりF1(v) =Pxである. このとき,
F1 =TP ◦F2, TP =F1◦F2−1, F2=TP−1◦F1 が成り立つことは上の図式から直ちに分かる.
練習 25.5.5. 上の備考においてTP =F1◦F2−1であることを確認せよ.
3「変換行列」を英語に直訳するとtransformation matrixとなるものの,英文献におけるこの語は,線形変換f:Rn→Rm の標準基底に関する表現行列のことを指す(詳しくは例26.1.2および系26.2.2(2)をみよ). また,備考25.5.2における基底 u′1,· · ·,u′nによる基底u1,· · ·,unの変換行列P−1 のことを, “transition matrix(あるいはchange-of-basis matrix) fromu1,· · ·,untou′1,· · ·,u′n”と言い表す. このとき,Pは“transition matrix fromu′1,· · ·,u′ntou1,· · ·,un”である.
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解答例: 各標準基底ej ∈ RnについてF1 ◦F2−1(ej) = TP(ej)であることを確かめればよい. P = [p1,· · · ,pn]と置けば,変換行列の定義からu′j = [u1,· · ·,un]pj である. したがって,
F1◦F2−1(ej) =F1(u′j) =F1([u1,· · ·,un]pj) = [F1(u1),· · ·, F1(un)]pj
= [e1,· · ·,en]pj =Epj =pj =Pej =TP(ej).
第 26 章 線形写像の表現行列
線形写像f :U →V をユークリッド空間の間の線形写像(すなわち行列)に対応させる方法について 述べる. 前章の対応と同様に, ここで与える対応も基底の取り方に依存することに注意しなければなら ない.
26.1 表現行列
U の基底u1,· · ·,un,V の基底v1,· · · ,vmをあらかじめ与えておく. 線形写像T :U →V を(m, n)- 行列Aによる線形写像TA :Rn → Rmに翻訳する方法を考えよう. v1,· · · ,vmが基底であることから, 各T(u1),· · · , T(un)はv1,· · · ,vmの線形結合で書ける:
T(u1) = [v1, . . . ,vm]
a11
... am1
, T(u2) = [v1, . . . ,vm]
a12
... am2
, · · ·, T(un) = [v1, . . . ,vm]
a1n
... amn
.
つまり, (m, n)-行列A= [aij]を用いてまとめて書けば,
[T(u1), T(u2), . . . , T(un)] = [v1,v2, . . . ,vm]
a11 a12 . . . a1n a21 a22 . . . a2n ... ... ... ... am1 am2 . . . amn
. (26.1.1)
定義 26.1.1. 上の設定における式(26.1.1)を満たす行列A= [aij]を,U の基底u1,· · · ,unおよびV の 基底v1,· · · ,vmに関するT :U →V の表現行列1という. Aの定義を次のように言い換えても良い:
Aの第j列 = 線形結合「T(uj) =
∑m i=1
aijvi」に現れる係数を並べた列ベクトル. 注意: 練習25.3.1により,式(26.1.1)を満たす行列Aは唯一つ存在する.
例 26.1.2. (m, n)-行列B について, Rnの標準基底およびRm の標準基底に関するTB : Rn → Rm (TB(x) :=Bx)の表現行列はBに一致する.
例 26.1.3. (1) u1,· · · ,unをUの基底とする. 定義域の基底u1,· · · ,unおよび終域の基底u1,· · · ,un
に関する恒等写像idU :U →Uの表現行列は単位行列Eである.
(2) u1,· · · ,unをU の基底とし, v1,· · · ,vnをV の基底とする. 各uiをvi に対応させる線形同型 f :U →V について,Uの基底u1,· · ·,unおよびV の基底v1,· · · ,vnに関するfの表現行列は単 位行列Eである.
例題 26.1.4. 次の線形写像および基底について,表現行列を求めよ.
1英文献ではこれをrepresentation matrixとは呼ばない. この行列を“the matrix ofT with respect to the basesu1,· · ·,un
andv1,· · ·,vm”と言い表す.
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