第 9 章 置換の符号と転倒数 ( よりみち ) 69
18.3 基底の探し方
有限個のベクトルの組で生成される線形空間における基底の探し方を検討しよう. 次の命題の証明で は抽象的な基底の構成法が述べられている.
命題 18.3.1. V が零でないベクトルの組u1,· · ·,umによって生成されているとすれば,u1,· · · ,umの 中からいくつかを取りだしV の基底とすることができる. とくに, 有限個のベクトルの組で生成される 線形空間は基底を持つ.
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Proof. V を生成するまで,線形独立性が満たされるよう元を一つずつ加えていけばよい. これは次のよう な手続きによってなされる. まずun1としてu1を取る. このun1がV を生成するならば,un1 はV の基 底である. そうでない場合はu2,· · · ,umのうちun1のスカラー倍で表せないものがある. 何故なら,も しu1,· · ·,um ∈ ⟨un1⟩とすれば命題18.1.3よりV =⟨u1,· · ·,um⟩ ⊂ ⟨un1⟩であり, V はun1 によって 生成されてしまう. そこで,un1のスカラー倍で表せないベクトルを仮にun2とすれば補題18.2.5(1)より un1,un2は線形独立である. un1,un2がV を生成するならばこれはV の基底となる. そうでない場合は un1,un2を除いたベクトルのうちいずれかはun1,un2の線形結合で書けない. 何故なら,もしu1,· · ·,um
すべてがun1,un2 の線形結合で書けるとすると, 命題18.1.3よりV =⟨u1,· · ·,um⟩ ⊂ ⟨un1,un2⟩であ り,V はun1un2 によって生成されてしまう. ゆえにun1,un2 の線形結合で表せないベクトルがあり,こ れをun3 とする. この作業を順次繰り返していくと,いずれ線形独立な組un1,un2,un3,· · · ,unk (ただ しk≤m)がV を生成することになる. 実際,線形結合で書けない元を新たに付け加える操作は,最大で もu1, . . . ,umをすべて取りつくすことになるm回までしか行えない. 以上の手続きにより, V の基底 un1,un2,un3,· · · ,unkが得られる.
命題18.3.1の証明における手順を改善すれば 次のような基底の構成もできる. これは,基底の一部と
したいベクトルがあらかじめ決まっているときに有効な手段となる. また,例題17.3.3の【注意】(2)と も関連する話題である.
命題 18.3.2. 有限個のベクトルの組で生成される線形空間V において,線形独立な組u1,· · · ,ui ∈V が 与えられているとき,これらに新たなベクトルを付け加えてV の基底とすることができる.
Proof. V は有限個のベクトルで生成されていることから, あるベクトルui+1,· · · ,ui+j ∈ V を用いて V =⟨ui+1,· · ·,ui+j⟩と表せる. このとき,
V =⟨u1,· · · ,ui,ui+1,· · · ,ui+j⟩
でもあることに注意して, m=i+j個の組u1,· · · ,umに対して命題18.3.1の証明を適用しよう. する と, u1,· · · ,uiの線形独立性から, n1 = 1, n2 = 2,· · · , ni = iとなり, 命題18.3.1の証明で与えた基底 un1,un2,un3,· · · ,unkはu1,· · ·,uiをすべて含むベクトルの組となる.
これまでに挙げてきたRnの部分空間については,行列の簡約化の理論を通して基底を見つけることが できる. これを次の例題を通して説明しよう.
例題 18.3.3. 次で定めるA= [a1, . . . ,a5]について(例題17.3.3と同じもの),次の問いに答えよ.
a1=
1 0
−1 2 1
,a2=
0 1 0 1 1
,a3=
−1 1 1
−1 0
,a4=
0 0 1 0 0
,a5 =
−2 1 1
−3
−1
.
(1) ⟨a1,· · ·,a5⟩の基底を求めよ.
解答例: A= [a1, . . . ,a5]の簡約化をB = [b1,· · ·,b5]とする(簡約化は例題17.3.3で行った). このと き⟨b1,b2,b4⟩=⟨b1,b2,b3,b4,b5⟩である. よって命題17.3.2より⟨a1,a2,a4⟩=⟨a1,a2,a3,a4,a5⟩ となる. また, 組b1,b2,b4はRmの標準ベクトルゆえ線形独立である. ゆえに命題17.3.2より組 a1,a2,a4も線形独立であり,これらは⟨a1,· · ·,a5⟩の基底となる.
(2) 方程式Ax=0の解空間WAの基底を求めよ.
解答例: [A|0]の簡約化は[B|0]であり,WAの外延的表示を得るために次の方程式Bx=0を解く:
1 0 −1 0 −2
0 1 1 0 1
0 0 0 1 −1
0 0 0 0 0
0 0 0 0 0
x1
x2
x3 x4 x5
=
0 0 0 0 0
.
掃き出し法によりWAは次のように表される:
WA={c1u1+c2u2|c1, c2∈R}. (ただし,u1 =
1
−1 1 0 0
,u2 =
2
−1 0 1 1
)
ゆえにWA=⟨u1,u2⟩である. u1,u2の線形独立性は,主成分のある列に対応する行成分の情報を 落とすことで理解できる. いまの例では主成分のある列1,2,4に対応するu1,u2の1,2,4行を目 隠しして
u1=
∗
∗ 1
∗ 0
, u2 =
∗
∗ 0
∗ 1
と見ると,これらが線形独立であることは標準ベクトルがそうであることと同程度に明らかであろ う. 以上よりu1,u2はWAの基底である.
上の例題で行った議論を一般的に述べると次の命題になる. 特に(2)の証明は,掃き出し法による連立 1次方程式の解法からWAの基底が得られることを述べている.
命題 18.3.4. (m, n)-行列A= [a1,· · ·an]について次が成り立つ.
(1) Rmの部分空間⟨a1,· · ·an⟩はrankA個のベクトルからなる基底を持つ. (2) Ax=0の解空間WA⊂Rnはn−rankA個のベクトルからなる基底を持つ.
Proof. k= rankAとおき,Aの簡約化をB= [b1,· · · ,bn],Bの各列のうち主成分を持つ列をbn1, . . . ,bnk
とし,主成分を持たない列をbr1, . . . ,brn−kとする.
(1): ベクトルの組bn1, . . . ,bnkは互いに異なる標準ベクトルからなるゆえ線形独立である. また,簡約 化の形から,Bの各列はbn1, . . . ,bnkの線形結合で書ける. 命題17.3.2より組an1, . . . ,ankは線形独立で あり,Aの各列はan1, . . . ,ankの線形結合で書ける. すなわち,a1, . . . ,an∈ ⟨an1, . . . ,ank⟩. これと命題 18.1.3を合わせて⟨a1,· · ·,an⟩ ⊂ ⟨an1, . . . ,ank⟩を得る. 以上よりan1, . . . ,ankは⟨a1,· · · ,an⟩の基底 となる.
(2): 連立1次方程式Ax=0を掃き出し法によって求めると,任意定数の個数はBにおける主成分の ない列の数n−kであるから, その一般解はx = ∑n−k
j=1 cjuj と書ける. つまりWA = ⟨u1,· · · ,un−k⟩ である. ベクトルの組u1,· · · ,un−kが線形独立であることを示すために, 各u1, . . . ,un−k のrj 成分 (j= 1,· · · , n−k)に注目しよう. Bの第rj列brjは主成分を含まない列であったことから,掃き出し法で 求めた一般解においてrj成分は任意定数としていた. このことは,ujのrj成分は1であり,u1, . . . ,un−k
のうちujを除いた残りのベクトルのrj成分は0になっていることを意味する. (上の例題ではbr1 =b3, br2 =b5となる. 確かにu1のr1 = 3成分は1,r2= 5成分は0であり,u2のr1 = 3成分は0,r2 = 5成 分は1となっている). ゆえに線形関係∑n−k
j=1 cjuj =0を与えると,各j= 1,· · · , n−kについて左辺の 第rj成分はcj となる. これが右辺のrj成分である0に等しいことからcj = 0 (j = 1,· · ·, n−k)を得 る. すなわち,u1, . . . ,un−kにおける線形関係は自明なものに限り,これらは線形独立である.
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本節や17.3.1節では,ユークリッド空間Rn上の線形関係について例題を通して学んだ. 次に考えるべ きことは,一般の線形空間V におけるベクトルの組の線形独立性の判定法や部分空間W ⊂V の基底の 選び方についてであろう. これは,V 上の議論をRn上の議論に翻訳したうえで行われる. その際の基本 理念は,線形空間V の基底u1,· · ·,unに関する条件をRnの標準基底e1,· · ·,enの条件に変換すること にある. また,この翻訳の手続きにおいては,V の各元がRnのどの元に対応するかを明示するために写 像概念が用いられる. そこで次章からしばらくの間,写像に関する概念を整理することにしよう.