第 8 章 置換 60
8.4 巡回置換とその表示
定義8.4.1. Xnの元のうちk1, k2,· · · , kr以外の元は動かさず,σ(k1) =k2,σ(k2) =k3,· · ·,σ(kr−1) =kr, σ(kr) = k1と順にずらす置換
(
k1 k2 · · · kr−1 kr
k2 k3 · · · kr k1
)
を巡回置換(cyclic permutation)と呼び, この置換の表示を省略して(k1, k2,· · · , kr)と書く. また,二つの文字からなる巡回置換(i, j) =
( i j j i
)
を互換(transposition)という.
巡回置換を省略して書くのは,同じ文字を何度も書く手間を省くためである. いま,置換の表示法がい くつも提示されたことで,混乱している読者がいるかもしれない. 理解が追いついていないと感じたとき は,最初に述べた表示に戻って考えるとよい.
例 8.4.2. • 次の置換はすべて同じ巡回置換である:
(2,5,3) = (5,3,2) = (3,2,5) = (
2 3 5 5 2 3
) .
• 上の置換に各元を代入した値は次の通りである: (2,5,3)(1) =
(
2 3 5 5 2 3
)
(1) = 1, (2,5,3)(2) = 5, (2,5,3)(3) = 2, (2,5,3)(4) = 4, (2,5,3)(5) = 3, (2,5,3)(6) = 6.
• (k1, k2,· · ·, kr)−1 = (kr, kr−1,· · · , k2, k1). 特に(i, j)−1= (j, i) = (i, j).
練習 8.4.3. σ :X5 →X5をσ := (3,2,4)(2,3,5)で定める. このとき,σを (
1 · · · n k1 · · · kn
)
の形で表 せ. また,このσは巡回置換であるか.
解答. X5の各元を代入して確認する.
σ(1) = (3,2,4)(2,3,5)(1) = (3,2,4)(1) = 1, σ(2) = (3,2,4)(2,3,5)(2) = (3,2,4)(3) = 2, σ(3) = (3,2,4)(2,3,5)(3) = (3,2,4)(5) = 5, σ(4) = (3,2,4)(2,3,5)(4) = (3,2,4)(4) = 3, σ(5) = (3,2,4)(2,3,5)(5) = (3,2,4)(2) = 4.
したがって,σ= (
1 2 3 4 5
1 2 5 3 4
)
= (
3 4 5 5 3 4
)
= (
3 5 4 5 4 3
)
= (3,5,4). ゆえにσは巡回置換 である.
複雑な事象を単純な事象に分解して考えることは,分析における基本的手段の一つである. これを置換 に適用し,任意の置換をより単純な置換に分解してみよう.
命題 8.4.4. 任意の置換は,互いに元を共有しない巡回置換の積に分解される.
Proof. ここでは一例として,σ= (
1 2 3 4 5 6 7
4 1 6 2 7 5 3
)
の場合について確かめよう1. σによる1の 軌道,すなわち数列am :=σm(1)の動きを見る. すると,この例では17→47→27→17→47→27→17→ · · · と繰り返される. このように繰り返しが必ず起こる理由は下の補題8.4.5に記した. 1の軌道に現れた元 を集めてA1 ={1,4,2}とすれば,A1の元に関するσによる軌道は,巡回置換τ1 = (1,4,2)による軌道 と同じである.
次にA1に現れなかったXnの元,例えば3について同様にσによる軌道を見れば, 37→67→57→77→
37→ · · · となる. ここに現れた元を集めてA2 ={3,6,5,7}とすれば,A2の元に関するσによる軌道は, 巡回置換τ2= (3,6,5,7)による軌道と同じである. またこのとき, A1とA2に重複する元は一つもない. その理由は補題8.4.6に記した.
この操作を繰り返し,Xn内の元が出つくすまで,各元のσによる軌道を順次見ていく. すると,Xnの 各元が軌道によって重複なく分類されることが分かる. すなわちXn =A1∪A2∪ · · · ∪Akと分割され, 各Aiについて巡回置換τiが定まり,Aiの各元のσによる軌道は巡回置換τiによる軌道に等しい. 上の 例ではX7 =A1∪A2であり,このときσ= (1,4,2)(3,6,5,7)と分解されることは,これらの巡回置換の 表示において元が共有されていないことから分かる. 一般の場合についてはσ=τ1τ2· · ·τkとなる. その 理由は補題8.4.6に記した.
補題 8.4.5(発展). 置換σ :Xn→Xnおよびp∈Xnについて,次が成り立つ. (1) σm(p) =pを満たすm∈Nが存在する.
(2) A ={σk(p)|k= 0,1,2,· · · }とおくと,σをA上の置換とみなすことができる. さらにそれはA 上の恒等置換か巡回置換のいずれかである.
1本来ならば一般の置換に対して証明すべきことである. しかし,議論があまりに抽象的過ぎて読者の理解が得られなければ 意味がない. そこで,一般の置換に対する証明が再構成できるような語り口で,ここでは特別な置換を例に挙げて論じた.
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Proof. am:=σm(p)と置く.
(1): Xnが有限集合だから数列amにはどこかで重複する項が現れる. つまりσk(p) =σℓ(p)を満たす 自然数k > ℓが存在する. そこでi:=σk(p) =σℓ(p)と置く. いまからσk−ℓ(p) =pを示そう. Xnの元で あるpおよびq :=σk−ℓ(p)を置換σℓにそれぞれ代入すると,
σℓ(p) =i, σℓ(q) =σℓ(
σk−ℓ(p))
=σk(p) =i.
つまりσℓ(q) = σℓ(p)である. σℓは置換だからσℓ(1),· · · , σℓ(n)の中に重複はなく, ゆえにp =q. した がってσk−ℓ(p) =q=pである.
(2): am =pを満たす自然数mの中で最小のものをm0とする(このようなmの存在は(1)により分 かっている). ここでm0 = 1の場合はσ(p) =pであり,A ={p}. よってσはA上の置換とみなすこ とができて,それは恒等置換である. 次にm0 >1の場合を考えよう. このとき,a0,· · · , am−1に重複は ない. 何故なら,もしak=aℓを満たすk > ℓ(ただし0≤k, ℓ≤m0−1)があるとすると, (1)と同様の 議論でak−ℓ=pとなり,これはm0の最小性に反するからである. さて,各k= 0,1,2,· · · についてkを m0で割った余りをr (ここで0≤r ≤m0−1)とすれば,ak=arである2. つまりA={a0,· · ·, am0−1} となる. また,Aの元に関するσの表示は
(
a0 a1 · · · am0−2 am0−1
a1 a2 · · · am0−1 a0
)
である. 以上より, σはA 上の置換とみなすことができて,それは巡回置換である.
補題 8.4.6 (発展). 置換σ :Xn→ Xnおよびp∈Xnに対して,A={σm(p)|m= 0,1,2,· · · }とおく. このときAに含まれないq∈Xnを取りB ={σm(q)|m= 0,1,2,· · · }とすれば,AとBは交わらない. Proof. 背理法により示そう. 仮にA, Bの両方に含まれる元xがあるとする. x∈Bよりx=σj(q)と書 ける. このときq =σ−j(x)である. 一方,補題8.4.5よりσはA上の置換ともみなせるから,その逆置換 σ−1についてもそうであり,つまりσ−1はAの元をAの元に写す. したがって,そのj個の積σ−jもA の元をAの元に写す. 特に,xはAの元だからσ−j(x)∈Aである. ところが,q =σ−j(x)∈Aとなって しまい,これはAの外からqを取ったことに反する. 以上より,A, Bは交わらない.
補題 8.4.7 (発展). 命題8.4.4の証明で述べたようにXnの分割A1, A2,· · · , Akおよび各Ai上の巡回置 換τi (i= 1,· · · , k) が与えられているとき,σ =τ1τ2· · ·τk.
Proof. Aiの元に関するσによる軌道はτiによる軌道に等しい. また, i̸=jのとき,Aiの各元は,Ajに 属さないからτjに代入しても動かない. つまり,次が成り立つ:
(i) 各x∈Aiについてσ(x) =τi(x),
(ii) i̸=jのとき,各x∈Aiについてτj(x) =x.
上の設定の下で, p ∈ Xnを任意に取り, σ(p) = τ1τ2· · ·τk(p)を示そう. Xn = A1∪A2∪ · · ·Akより, p ∈Ai0 を満たすi0 = 1,· · ·, kが取れる. さらにq := τi0(p)とおけばq ∈ Ai0 である. したがって(ii) より
τ1· · ·τk(p) =τ1· · ·τk−1(p) =· · ·=τ1· · ·τi0(p)
=τ1· · ·τi0−1(q) =τ1· · ·τi0−2(q) =· · ·=τ1(q) =q.
また(i)より,q =τi0(p) =σ(p). 以上よりσ(p) =τ1τ2· · ·τk(p)である.
更に,巡回置換は互換の積に分解される. 次の命題は,Xnの各元を両辺に代入することで確かめられる. 命題 8.4.8. 巡回置換について, (k1, k2,· · · , kr) = (k1, kr)(k1, kr−1)· · ·(k1, k2).
2kをm0で割ったときの商をq,余りをrとすればk =qm0+rであり,指数法則とσm0(p) =pに注意するとσk(p) = σr(σm0)q(p) =σr◦σ|m0◦ · · · ◦{z σm0}
q個
(p) =σr(p). つまりak=arである.
備考 8.4.9. 命題8.4.8の右辺は,次の操作の合成と解釈できる: k1k2· · ·kr
(k1,k2)
←→ k2k1k3· · ·kr (k1,k3)
←→ · · ·(k1←→,kr−1)k2· · ·kr−1k1kr (k1,kr)
←→ k2· · ·krk1.
ここで,記号(k←→i,kj)はkiとkjの入れ替えを表す. 上は全体として文字列k1k2· · ·krを文字列k2· · ·krk1
に並び替えており,これは巡回置換(k1, k2,· · ·, kr)に対応する並び替えである. 以上,命題8.4.4と8.4.8を合わせて次を得る:
系 8.4.10. 任意の置換は互換の積に分解される. 練習 8.4.11. σ =
(
1 2 3 4 5 6 7
4 1 6 2 7 5 3
)
を互換の積に分解せよ. 解答例:
(
1 2 3 4 5 6 7
4 1 6 2 7 5 3
)
= (1,4,2)(3,6,5,7) = (1,2)(1,4)(3,7)(3,5)(3,6).