第 4 章 連立 1 次方程式 29
4.8 簡約行列の性質 ( よりみち )
次章以降で用いる簡約行列の性質をまとめておく. 本節に挙げた命題は,読者にとっていずれも明らか なことから, 1年次生向けの線形代数学の授業では証明を略すことが多い. つまり, 本節の証明は「より みち」とみなしてもよい.
本節の証明で述べる条件(I)から(IV)は,定義4.5.1に挙げた条件のこととする. 命題 4.8.1. 簡約行列Aについて,次の三つの数はすべて一致する:
(1) 零ベクトルでない行の数, (2) 主成分の個数,
(3) 主成分を含む列の数.
Proof. (1)と(2)は,簡約形とは限らない行列についても一致し,その理由は主成分の定義から明らかで
ある. また, Aが簡約行列であるとき,各列が含む主成分の個数は高々一つであるから,主成分を含む列 の数は主成分の個数に等しい. つまり(3)と(2)も等しい.
命題 4.8.2. A= [aij]を(m, n)-行列とし, 1≤k≤mおよび1≤ℓ≤nとする. このとき,Aの下側と右 側を取り除いた(k, ℓ)-行列B = [aij]について次が成り立つ.
6ここでの未定義語は索引から調べることができる.
(1) Aが条件(II)から(IV)のいずれかを満たせば,Bもその条件を満たす. (2) Aが簡約形ならば,Bも簡約形である.
【備考】Aが(I)を満たしてもBが(I)を満たすとは限らない. 例えば練習4.5.2(4)に挙げた行列は(I)を満たす が, 3列目以降を取り除くと(I)を満たさない.
Proof. (1): Bの主成分はAの主成分でもある. したがって,Aが条件(II)を満たせばBも(II)を満たす ことは明らかである.
次に,Aが条件(III)を満たすとして,Bも(III)を満たすことを背理法で示そう. 仮にBが(III)を満 たさないとすれば,Bにおいて「主成分は下の行ほど右側にある」が成り立たない. つまり,Bのある二 つの行において,下の行の主成分が上の行の主成分と同じ列か,あるいは左側にあることになる. これら 二つの主成分はAの主成分でもあることから,この状況はAが(III)を満たすことに矛盾する. したがっ てBも(III)を満たす.
最後に,Aが条件(IV)を満たすとする. (i, j)-成分がBの主成分であるとき,これはAの主成分でもあ るから,条件(IV)よりAの第j列成分はi行目を除いてすべて0である. したがってBの第j列成分も i行目を除いてすべて0である. つまりBも(IV)を満たす.
(2): Bが条件(II)から(IV)を満たすことは(1)より分かる. Bが条件(I)を満たすことを背理法によ り示そう. 仮にBが(I)を満たさないとすると,Bの零ベクトルとなる行のうちの一つが,そうでない行 よりも上にある. そこで,Bのi0行目が零ベクトルであるとし, (i0+ 1)行目が零ベクトルでないとする. また, (i0+ 1)行目の主成分がj1列目にあるとする(1≤j1 ≤ℓ). Bの(i0+ 1)行目が零ベクトルでない ことから,Aの(i0+ 1)行目も零ベクトルでない. また,Aは条件(I)を満たすゆえ,Aのi0行目も零ベク トルでない. そこでAのi0行目の主成分が第j0列にあるとする(1≤j0 ≤n). さて,Bのi0行目が零ベ クトルであることから, Aのi0行目は,第ℓ列目まですべて0であり,主成分はこれ以降の列にある. す なわちℓ < j0であり, これとj1 ≤ℓを合わせればj1 < j0. これはAが条件(III)を満たすことに矛盾す る. 以上よりBは条件(I)を満たす.
系 4.8.3. (m, n)-行列A, Xおよび(m, ℓ)-行列B, Y について, (m, n+ℓ)-行列[A|B]の簡約化が[X|Y] ならば,XはAの簡約化である.
Proof. 仮定より,行基本変形を繰り返して[A|B]を[X|Y]に変形できる. この変形においてAの部分だ けを見れば,AはXに変形される. また,仮定より[X|Y]は簡約形であり,前命題よりXも簡約形であ る. 以上によりXはAの簡約化である.
次の証明では「(i, j)-成分が主成分である」と書くべきところを「aijが主成分である」と記した. こ れは正確な表現ではないが,煩雑さを避けてこのように言い回した7.
命題 4.8.4. (m, n)-行列A= [aij]が簡約形かつ,すべての列が主成分を含むならば,n≤mであり,Aは 次の形になる:
A=
1
. ..
1
.
Proof. 主成分を含む列の数がnであるから,命題4.8.1より零ベクトルでない行の数もnである. 後者は
Aの行数m以下であるからn≤mを得る. また,Aのすべての列が主成分を持つこと,および条件(IV) により,
(*) Aの各成分は,主成分である場合に限り1であり,そうでない成分は0である.
7本来aijは(i, j)-成分の値にすぎず,成分の位置情報は含まない.
39
各i = 1,· · ·, nについてaiiがi行目の主成分であることを, iに関する帰納法で示そう. はじめに, a11 = 1を背理法で示す. そこでa11= 0を仮定する. 第1列が主成分を持つことから,それをak1とす る(k≥2). ここで, Aの1行目は零ベクトルかそうでないかのいずれかであるが,どちらにしても矛盾 が生じてしまう. 実際, 1行目が零ベクトルならば,その下に零ベクトルでないk行目があることになり, これはAが条件(I)を満たすことに矛盾する. 一方で, 1行目が零ベクトルでなければ, 1行目は2列目以 降に主成分を持つことになり, 1行目とk行目についてAが条件(III)を満たすことに矛盾する. つまり, いずれの場合も矛盾が生じてしまうから,a11= 0ではない. ゆえにa11は1行目の主成分である.
次に,a11, a22,· · · , ai−1,i−1がそれぞれ1行目から(i−1)行目までの主成分であると仮定する. このと き,第i列の1行目から(i−1)行目までは,この仮定によりAの主成分ではない. したがって(*)より
a1i=a2i=· · ·=ai−1,i= 0. (4.8.1)
また, 1行目から(i−1)行目までの主成分a11, a22,· · · , ai−1,i−1について,条件(IV)を適用すれば, (ai1, ai2,· · ·ai,i−1) = (0,0,· · ·,0). (4.8.2) 以上の状況の下で, aiiがi行目の主成分であることを背理法で示そう. そこでaii = 0を仮定する. 第i 列が主成分を持つことから,それをakiとする. 式(4.8.1)およびaii= 0より,k≥i+ 1である. ここで, Aのi行目は零ベクトルかそうでないかのいずれかであるが,どちらにしても矛盾が生じてしまう. 実際, i行目が零ベクトルならば,その下に零ベクトルでないk行目があることになり, これはAが条件(I)を 満たすことに矛盾する. 一方で,i行目が零ベクトルでなければ,式(4.8.2)およびaii= 0より,i行目は (i+ 1)列目以降に主成分を持つ. これは,i行目とk行目についてAが条件(III)を満たすことに矛盾す る. つまり,いずれの場合も矛盾が生じてしまうから,aii= 0ではない. これと式(4.8.2)を合わせれば, aiiはi行目の主成分である.
以上により,Aは(i, i)-成分(i= 1,· · ·, n)が1で,他の成分がすべて0の行列である. 命題 4.8.5. 簡約な正方行列Aについて次が成り立つ.
(1) すべての列が主成分を含むならば,Aは単位行列である. (2) すべての行が主成分を含むならば,Aは単位行列である.
Proof. (1): これは前命題の特別な場合ゆえ明らか.
(2): Aのサイズをnとする. 仮定より,Aはn個の主成分を持ち,命題4.8.1よりAの主成分をもつ列 の数はnである. したがってAのすべての列は主成分を持ち, (1)よりAは単位行列である.