第 9 章 置換の符号と転倒数 ( よりみち ) 69
22.4 次元から分かること
次元を用いて部分空間の分類や,線形単射や線形全射の存在性について考察しよう.
命題 22.4.1. 有限次元線形空間V の部分空間W は有限次元であり, dimW ≤dimV. また,等号成立は W =V のときに限る.
Proof. dimV = nとおく. V における線形独立な最大個数はnであったから, W における線形独立な
最大個数はnを越えることはない. そこでこの数をmとし,線形独立な組w1, . . . ,wm ∈W を取ろう. A=Wについて命題22.3.2(2)を適用すればw1, . . . ,wmはW の基底であり, dimW =m≤n= dimV. また, 等号n = mが成立する場合, 命題22.3.3(2)よりw1, . . . ,wmはV の基底となり, W = V を得 る.
例 22.4.2. R3の部分空間W の次元は前命題により3以下であり,次のように分類される.
• dimW = 0なる部分空間は{0}のみである.
• dimW = 1なる部分空間の基底は一つのベクトルu̸=0からなり, W ={ru|r ∈R}はuと0 を通る直線に一致する.
• dimW = 2なる部分空間は, 基底u1,u2 ∈W を持つ. W ={ru1+su2 |r, s∈R}であり, これ はu1,u2,0を通る平面に一致する.
• dimW = 3なる部分空間は前命題によりW =R3のみに限る.
練習 22.4.3 (発展). (1) t1, . . . , tn+1を相異なる実数とする. 任意の実数r1, . . . , rn+1に対して,p(ti) = ri (i= 1, . . . , n+ 1)を満たすn次多項式p∈R[x]nが存在することを示せ.
解答例: I := {t1, . . . , tn+1} ⊂ Rとおけば, 命題15.2.6よりR[x]n ⊂ C(I)とみなせる. 写像 p:I →Rをp(ti) :=ri (i= 1, . . . , n+ 1)と定めればp∈C(I)である. pがR[x]nの元でもあるこ とを示せば主張を得る. C(I) =RI ≃Rn+1ゆえdimC(I) =n+1である2. また, dimR[x]n=n+1 であるから命題22.4.1よりC(I) =R[x]nであり,p∈R[x]n.
(2) 上の証明の脚注で触れたfiを多項式で表せ. すなわち,fi(ti) = 1,fi(tj) = 0 (j̸=i)を満たすn次 多項式を求めよ(この答えを通して, (1)で存在を示した多項式pの具体的な式を書き下せることが 分かる).
解答例: i= 1のみ記す.
f1(x) := 1
(t1−t2)(t1−t3)· · ·(t1−tn+1)(x−t2)(x−t3)· · ·(x−tn+1).
線形写像と次元の関係について,まずは次の明らかな事実をおさえておこう:
命題 22.4.4. 有限次元線形空間を定義域とする線形写像の像は有限次元である.
Proof. 像が有限個のベクトルで生成されること(命題20.2.3), および命題22.1.3による. 線形単射や線形全射の存在は,次元の大小によって特徴づけられる.
命題 22.4.5. 有限次元線形空間U, V について次が成り立つ. (1) dimU ≤dimV ならば線形単射f :U →V が存在する. (2) dimU ≥dimV ならば線形全射f :U →V が存在する.
2具体的に次のような基底があることからも分かる: fi :I →Rをfi(ti) := 1,fi(tj) := 0 (ただしj ̸= i)と定めれば, f1, . . . , fn+1はC(I)の基底である. 実際,∑n+1
i=1 aifi(x) =0とすれば両辺にtiを代入することでai= 0を得るゆえ線形独 立である.また,各g∈C(I)はg(x) =∑n+1
i=1 g(ti)fi(x)と書けるゆえC(I)を生成している.
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Proof. (1): dimU = nとおき, u1, . . . ,unをU の基底とする. dimV ≥ nより, n個のベクトルから なる線形独立な組v1, . . . ,vn ∈V が取れる. このとき,例21.2.5(1)よりf(ui) =viを満たす線形同型 f :U → ⟨v1, . . . ,vn⟩があり, とくにf は単射である. f の終域をV と解釈し, 線形単射f :U → V を 得る.
(2): dimV = mおよびdimU = m+k (ただしk ≥ 0)とおく. また, v1, . . . ,vmをV の基底とし, u1, . . . ,um,um+1, . . . ,um+kをU の基底とする. 命題20.1.11により
f(ui) =vi (i= 1, . . . , m), f(um+j) =0V (j = 1, . . . , k)
を満たす線形写像f :U → V を取れば, Imf =⟨f(u1), . . . , f(um+k)⟩=⟨v1, . . . ,vm,0V, . . . ,0V⟩ =V ゆえfは全射である.
命題 22.4.6. 有限次元線形空間の間の線形写像f :U →V について次が成り立つ.
(1) f が単射ならばdimU ≤dimV. (2) fが全射ならばdimU ≥dimV.
Proof. (1): Uの基底をu1, . . . ,unとすれば命題20.3.6(3)よりf(u1), . . . , f(un)∈V は線形独立である. dimV は,V における線形独立な最大個数に等しいゆえdimV ≥n= dimU.
(2): V の基底をv1, . . . ,vmとすれば, f の全射性よりf(ui) =viを満たすui ∈U (i= 1, . . . , m)が 存在する. 命題20.1.7(3)よりu1, . . . ,umは線形独立である. dimUは,Uにおける線形独立な最大個数 に等しいゆえdimU ≥m= dimV.
上の命題の対偶をとると,命題21.2.7の後に述べたことが得られる. 系 22.4.7. 有限次元線形空間U およびV について次が成り立つ.
(1) dimU >dimV ならば線形単射f :U →V は存在しない. (2) dimU <dimV ならば線形全射f :U →V は存在しない.
単射性や全射性は次元からも判断できる.
練習 22.4.8. 有限次元線形空間U, V の間の線形写像f :U →V について,次を示せ. (1) fは単射である ⇐⇒dimU = dim Imf.
解答例. (⇒): u1,· · ·,unをU の基底とすれば, Imf =⟨f(u1),· · ·, f(un)⟩である. f の単射性よ りf(u1),· · · , f(un)は線形独立であり,したがってこれはImfの基底である. ゆえにdim Imf = n= dimU.
(⇐): f(u1),· · · , f(un)をImfの基底とすれば,fの線形性よりu1,· · ·,unは線形独立である. 仮 定よりdimU = dim Imf =nである. これと命題22.3.3(2)を合わせれば, u1,· · · ,unがU の基 底であることが分かる. したがって, 命題21.1.6 よりf :U → Imf は全単射である. とくにf は 単射である.
(2) fは全射である ⇐⇒dimV = dim Imf.
解答例. (⇒): fが全射ならばImf =V よりdim Imf = dimV である.
(⇐): Imf ⊂V ゆえW = Imfについて命題22.4.1 を適用すればImf =V. すなわちfは全射 である.
有限集合X上の写像f :X →Xについてfの単射性と全射性は同値であった(命題19.5.1). この類 似として,有限次元線形空間について次が成り立つ:
命題 22.4.9. 有限次元線形空間UとV の次元が等しいとき,線形写像f :U →V に関する次の3条件 は同値である:
(1) fは単射である, (2)f は全射である, (3)fは線形同型である. Proof. (1)と(2)の同値性のみを示せば十分である.
(1)⇒(2): fを単射とすれば練習22.4.8(1)よりdimU = dim Imfである. 仮定よりdimU = dimV ゆ えdimV = dim Imf であり,したがって練習22.4.8(2)よりf は全射である.
(2)⇒(1): fを全射とすれば練習22.4.8(2)よりdimV = dim Imfである. 仮定よりdimU = dimV ゆ えdimU = dim Imfであり,したがって練習22.4.8(1)よりfは単射である.
U が無限次元の場合,上の(1)と(2)の同値性は成り立たない(例26.1.5).
命題 22.4.10 (発展). 有限次元線形空間における線形写像T :U →V について次が成り立つ. (1) Tは単射である ⇐⇒ S◦T = idUを満たす線形写像S:V →U が存在する.
(2) Tは全射である ⇐⇒ T ◦S= idV を満たす線形写像S :V →U が存在する.
Proof. (1): (⇒): u1,· · ·,unをU の基底とし, vi := T(ui) (i = 1,· · ·, n)とおけば, T の単射性より
v1,· · · ,vnは線形独立な組である(命題20.3.6). そこで,これらにいくつかのベクトルを加えてV の基
底v1,· · · ,vmを取る. このとき,
S(vi) =
ui i≤nのとき, 0 i > nのとき
を満たす線形写像S :V → U が存在し(命題20.1.11), これが求めるものである. 実際,各i= 1,· · ·, n についてS(T(ui)) =S(vi) =uiであり,基底u1,· · ·,unの行き先はS◦T とidUにおいて等しい. ゆ えにS◦T = idUである(命題20.1.10(2)).
(⇐): S◦T = idUの単射性および命題19.4.2による.
(2): (⇒): v1,· · ·,vmをV の基底とすれば, 各i= 1,· · · , mについてT の全射性よりT(ui) =viを 満たすui ∈U が存在する. このときS(vi) =ui (i= 1,· · · , m)を満たす線形写像S :V →U が存在し (命題20.1.11), これが求めるものである. T◦S= idV は上と同様にして示せるゆえ略す.
(⇐): T ◦S= idV の全射性および命題19.4.2による. 系 22.4.11. (m, n)-行列Aについて次が成り立つ.
(1) rankA=n ⇐⇒ BA=Enを満たす(n, m)-行列Bが存在する. (2) rankA=m ⇐⇒ AC =Emを満たす(n, m)-行列Cが存在する. Proof. TA:Rn→Rmについてdim ImTA= rankAに注意する(例22.1.4(2)).
(1): (⇒): 仮定および練習22.4.8(1)よりTAは単射であり, 前命題(1)よりS ◦TA = idRn を満た す線形写像S : Rm → Rnが存在する. 定理21.3.4で与えた同型T : Mn,m(R) → Hom(Rm,Rn)を用 いてB := T−1(S)とすれば. これが求めるものである. 実際, TB = T(B) = T(T−1(S)) = Sゆえ, TBA=TB◦TA=S◦TA= idRn. ゆえにBAは単位行列である.
(⇐): T = TA, S = TB として前命題(1)を適用すれば, TAの単射性を得る. 練習22.4.8(1)より dim ImTA= dimRn=n.
(2): (⇒): 仮定および練習22.4.8(2)よりTAは全射であり,前命題(2)よりTA◦S = idRmを満たす線 形写像S :Rm → Rnが存在する. 上の同型T を用いてC :=T−1(S)とすれば, これが求めるものであ ることは上と同様にして分かる.
(⇐): T = TA, S = TC として前命題(2)を適用すれば, TAの全射性を得る. 練習22.4.8(2)より dim ImTA= dimRm =m.
上の命題におけるBをAの左逆行列,CをAの右逆行列と呼ぶ. Aが正方行列でない場合, その右逆 行列や左逆行列が存在するならば,それらは無数にある. 上の行列B, Cの具体的な求め方は次の通りで ある. これは標準基底について,命題22.4.10の証明の通りに構成したものである.
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(1) Aの列の数nと階数が等しいからA の各列は線形独立であり, また m ≥ nである. ここで k := m − n ≥ 0, A = [v1,· · · ,vn]とおく. Rm の標準基底をe1,· · · ,em とし, [A|Em] = [v1,· · · ,vn|e1,· · ·,em]の簡約化を[e1,· · · ,en|b1,· · · ,bm]とする. このとき(m, m)-行列Q :=
[b1,· · · ,bm]のn+ 1行目以降を消し去った(n, m)-行列B が求めるものである. その理由は次の 通り:
上の簡約化を言い換えれば,m次可逆行列Xを用いてX[A|Em] = [e1,· · · ,en|b1,· · · ,bm]と表せ る. このときXEm = [b1,· · ·,bm] = Q, つまりX = Qである. またQA =XA = [e1,· · ·,en] より, TQ : Rm → Rmはv1,· · ·,vnをe1,· · · ,enに写す. さてe1,· · · ,en ∈ RmをRnの標準基 底に写す線形写像の一つに, (n, m)-行列P := [En|On,k]によるTP :Rm→ Rnがある. このとき, B:=P Qとすれば,
BA=P Q[v1,· · ·,vn] = [P Qv1,· · ·, P Qvn] = [Pe1,· · ·, Pen] =En.
このBがQのn+ 1行目以降を消し去った行列に一致することは,行列の積の各成分を計算すれ ばすぐに分かる. 実際,Q=
[ Qn,m Qk,m
]
とおくと,
P Q= [
En On,k
] [ Qn,m
Qk,m
]
=EnQn,m+On,kQk,m=Qn,m.
【補足】b1,· · ·,bmのうち, ⟨e1,· · · ,en⟩ ⊂ Rm に属さないものを順にとって, これをbn1,· · ·,bnk とす れば, [e1,· · ·,en|b1,· · · ,bm]が簡約行列であることから, bnj = en+j (j = 1,· · · , k)である. このと き, X[v1,· · ·,vn|en1,· · · ,enk] = [e1,· · · ,en|bn1,· · ·,bnk] =Emであるから, 線形変換TX =TQは基底 v1,· · ·,vn,en1,· · ·,enkを標準基底e1,· · ·,emに写す. さらにTPは,標準基底をe1,· · · ,en,0,· · ·,0∈Rn に写す. したがって, S=TP ◦TQ=TBは,命題22.4.10の証明で与えたSと同じものである.
(2) 【方法1】 各i= 1,· · · , mについて連立1次方程式Ax=eiの解の一つを取り,これをui ∈Rn とする(仮定より解は存在する). このとき,C := [u1,· · ·,um]が求める行列である. ここで,連立 1次方程式をn回解く必要があり,これは[A|e1|e2| · · · |en]を簡約化することで同時に計算できる. また,各方程式の解は一つ取ればよいので,任意定数が0のものを取ると計算が楽になる.
【方法2】 実はrankA= ranktAであることが知られている(系27.4.3). そこで, (n, m)-行列tA の左逆行列Bを(1)の方法で取れば,C:= tBはAの右逆行列である. 実際,BtA=Emの両辺の 転置を取れば,AtB =Emを得る.