第 9 章 置換の符号と転倒数 ( よりみち ) 69
17.3 線形独立性の判定
Rmのベクトルの組の線形独立性の判定法を与える.
命題17.3.1. n個のm次列ベクトルの組a1,· · ·,anが線形独立であることと, (m, n)-行列A= [a1,· · ·,an] に関する斉次形連立1次方程式Ax=0が唯一解を持つことは同値である.
Proof. a1,· · ·,anが線形独立であるとする. n次列ベクトルx = t(r1,· · · , rn)がAx =0を満たすな らば,
r1a1+· · ·+rnan= [a1,· · · ,an]
r1
... rn
=Ax=0.
a1,· · · ,anの線形独立性よりr1 =· · ·=rn= 0である. つまりx=0であり,方程式Ax=0の解は自 明なものに限る.
次に, 方程式Ax = 0が自明な解しか持たないと仮定する. このときr1a1 +· · ·+rnan =0ならば x= t(r1,· · ·, rn)についてAx=r1a1+· · ·+rnan =0となる. つまりAx=0であり, この方程式は 自明な解しか持たないゆえx=0を得る. すなわちr1=· · ·=rn= 0である. 以上よりa1,· · · ,anは線 形独立である.
いまの議論を連立1次方程式の解法まで戻って詳しくみると,線形独立性の判定だけではなく,線形従 属である場合にどのベクトルが他のベクトルの線形結合で書けるかも分かる. これを次の命題を通して 見てみよう.
命題 17.3.2. (m, n)-行列A = [a1,· · · ,an]を行基本変形によりB = [b1,· · · ,bn]に変形できるとする. 1≤n1, n2,· · · , nℓ≤nおよびi= 1,· · ·, nに対して次が成り立つ.
(1) ∑ℓ
k=1rkank =0 ⇐⇒∑ℓ
k=1rkbnk =0.
(2) ai =∑ℓ
k=1rkankと書ける ⇐⇒bi=∑ℓ
k=1rkbnkと書ける.
Proof. (1): Aからいくつかの列を間引いた行列A′ = [an1,· · · ,anℓ]を考えれば,AをBに行基本変形 できることから,A′はB′ = [bn1,· · · ,bnℓ]に行基本変形できる. また, [A′|0]を[B′|0]に行基本変形でき る. ゆえに命題4.4.1よりA′x=0の解とB′x=0の解は一致しており,x= t(r1,· · ·, rℓ)について
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∑ℓ
k=1rkank =0 ⇐⇒ xはA′x=0の解⇐⇒ xはB′x=0の解 ⇐⇒∑ℓ
k=1rkbnk =0.
(2): ai = ∑ℓ
k=1rkank とすれば, ∑ℓ
k=1rkank + (−1)ai = 0 である. ℓ + 1個のベクトルの組 an1,· · · ,anℓ,aiについて(1)を適用し,∑ℓ
k=1rkbnk+ (−1)bi =0を得る. すなわち,bi =∑ℓ
k=1rkbnk. 逆も同様に示される.
上の(1)は組an1,· · ·,ankが線形独立(あるいは線形従属)であることと組bn1,· · ·,bnkが線形独立(あ るいは線形従属)であることの同値性を述べている. ベクトルの組が線形従属である場合,命題17.2.5に より,いずれかのベクトルが他のベクトルの線形結合で書ける. 上の命題を応用して,どのベクトルが他 のベクトルの線形結合で書けるか調べてみよう:
例題 17.3.3. 次の列ベクトルの組a1, . . . ,a5が線形独立であるかどうか判定し,線形従属の場合はどの ベクトルが他のベクトルの線形結合で書けるか答えよ.
a1=
1 0
−1 2 1
,a2=
0 1 0 1 1
,a3=
−1 1 1
−1 0
,a4=
0 0 1 0 0
,a5 =
−2 1 1
−3
−1
.
解答例: 与えられた列ベクトルを並べた行列A= [a1,· · ·,a5]の簡約化をB = [b1,· · ·,b5]とすれば,
A=
1 0 −1 0 −2
0 1 1 0 1
−1 0 1 1 1
2 1 −1 0 −3
1 1 0 0 −1
−→ B =
1 0 −1 0 −2
0 1 1 0 1
0 0 0 1 −1
0 0 0 0 0
0 0 0 0 0
.
b1,· · · ,b5が線形従属であることは成分を見れば明らかであり(線形従属性はrankA= 3̸= 5より方
程式Ax=0が自明でない解をもつことからも分かる),ゆえにa1,· · ·,a5も線形従属である. 行列Bの 成分を見ればb3 =−b1+b2,b5 =−2b1+b2−b4と書けることが分かる. したがってa3 =−a1+a2, a5 =−2a1+a2−a4である.
【注意】
(1) Bの成分を見れば,b2= 2b1+b4+b5とも書けることが分かる. つまり,他のベクトルで書けるものはb3, b5に限るというわけではない. 上でb3,b5を取り上げたのは,これ以外の主成分を含む列b1,b2,b4が標準 ベクトルであることから,b1,b2,b4が線形独立であること,およびb3,b5がb1,b2,b4の線形結合で書ける ことが直ちに分かるゆえである. 例えば,組b1,b4,b5も線形独立であり,これ以外のb2,b3を b1,b4,b5の 線形結合で表すこともできるが, それを示すのは標準ベクトルの組b1,b2,b4に対して行うより骨が折れる であろう. より詳しい事情は次章の基底概念を通して説明される.
(2) あらかじめa4,a5が線形独立であることが分かっており,これらを用いて他のベクトルを線形結合で表した い場合は,列を並び替えてa4,a5を先頭にした行列[a4,a5,a1,a2,a3]について同様の計算を行えばよい.
(3) 行ベクトルについて同様の問題を考える場合は転置して列ベクトルの問題に変換し,得られた答えを再び転 置して行ベクトルに直せばよい.
(m, n)-行列Aによる連立1次方程式Ax=0の解が唯一解を持つかどうかは, 命題6.2.1 により行列
の階数を用いて判定できる. その条件はrank[A|0] = rankA=nである. 階数の定義からAがいかなる 行列であろうとrank[A|0] = rankAであり,したがって条件rankA=nがAx=0の解が唯一であるた めの同値条件である. 以上より次を得る:
系17.3.4. Rmのn個のm次列ベクトルの組a1,· · ·,anが線形独立であることと, rank[a1,· · ·,an] =n であることは必要十分である.
命題 17.3.5. m < nについて,Rmのn個の列ベクトルu1,· · · ,unは線形従属である.
Proof. (m, n)-行列A= [u1,· · · ,un]について,式(6.1.1)よりrankA≤m < nであり,とくにrankA̸=
n. 系17.3.4よりu1,· · ·,unは線形従属である.
正方行列に現れるベクトルの組においては次が成り立ち,これらの条件を定理6.2.2につけ加えること ができる.
定理 17.3.6. n次正方行列Aについて次は同値である.
(1) Aは可逆である, (2) Aの各列は線形独立である, (3) Aの各行は線形独立である. Proof. (1)⇔(2): 定理6.2.2および命題17.3.1から直ちに得られる:
Aは可逆 ⇐⇒ Ax=0は唯一解をもつ ⇐⇒ Aの各列は線形独立. (1)⇔(3): いま示した(1)と(2)の同値性および|A|=|tA|より得られる:
Aは可逆 ⇐⇒ |A| ̸= 0 ⇐⇒ |tA| ̸= 0 ⇐⇒ tAは可逆
⇐⇒ tAの各列は線形独立⇐⇒ Aの各行は線形独立.
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第 18 章 基底
17.1節で述べた要不要論を思い出そう. この議論の(1)に関係のある概念として線形独立性を前章で 与えた. 本章では要不要論の(2)で論じたことと関係する,ベクトルの組による生成について述べる. こ れは, V の任意の元がu1,· · ·.unの線形結合で書けるかどうかを定式化する概念である. これに線形独 立性を合わせたものが基底であり,一般の線形空間における基底は,ユークリッド空間における座標軸の ような役割を果たす.
18.1 ベクトルの組が生成する部分空間
与えられたベクトルの組u1,· · · ,unにV の任意の元が分解できるかどうかはともかくとして,まず,
u1,· · · ,unに分解できるベクトルの範囲を表す記号を導入しよう.
定義18.1.1. ベクトルの組u1,· · ·,un∈V において,u1,· · · ,unたちの線形結合で書けるようなベクトル をすべて集めたVの部分集合を⟨u1,· · ·,un⟩と書く. すなわち,⟨u1,· · ·,un⟩:={∑n
i=1aiui|a1,· · · , an∈ R}である. 次の命題により,これはV の部分空間となる. ⟨u1,· · · ,un⟩は, u1,· · · ,unによって生成さ れる部分空間と呼ばれる.
命題 18.1.2. ベクトルの組u1,· · ·,un∈V において,⟨u1,· · ·,un⟩はV の部分空間である.
Proof. 部分空間となるための条件(i)および(iv)を確認すればよい. 0はu1,· · · ,unたちの線形結合で 書けるゆえ0∈ ⟨u1,· · ·,un⟩である. 次に,x,y∈ ⟨u1,· · ·,un⟩とすればx=∑n
i=1aiui,y=∑n
i=1biui と書ける. このとき,各r, s∈Rに対してrx+sy=∑n
i=1(rai+sbi)uiゆえrx+syもu1,· · · ,unたち の線形結合で書ける. よってrx+sy∈ ⟨u1,· · ·,un⟩である.
次は,要不要論の(1)で述べたことを,より一般的な状況に置き換えた主張である.
命題 18.1.3. V を線形空間とする. 各v1, . . . ,vℓ∈V が組w1, . . . ,wn∈V の線形結合で書けるならば, v1, . . . ,vℓの線形結合で書ける元はw1, . . . ,wnの線形結合で書ける. すなわち,
v1, . . . ,vℓ∈ ⟨w1,· · · ,wn⟩ =⇒ ⟨v1,· · ·,vℓ⟩ ⊂ ⟨w1,· · ·,wn⟩.
Proof. W =⟨w1,· · ·,wn⟩とおく. W はV の部分空間であり,命題16.1.5よりW は線形結合について 閉じている. 仮定よりv1, . . . ,vℓ ∈ W であるから, v1, . . . ,vℓの線形結合で書ける元はW に含まれる. ゆえに⟨v1,· · · ,vℓ⟩ ⊂ ⟨w1,· · ·,wn⟩.
上の証明では,v1, . . . ,vℓの線形結合で書いたときに現れる係数とw1, . . . ,wnの線形結合で書いたと きに現れる各係数の関係については論じなかった. これらの係数の関係は行列の積演算を通して得られ る(25.1節を見よ).
練習 18.1.4. v1, . . . ,vk∈Rnとし,⟨v1,· · · ,vk⟩=Rnであるとする. また,Aを(m, n)-行列とする. こ のとき,各i= 1,· · · , kについてAvi =0が成り立つならば,A=Oとなることを示せ.
解答例. Aの各列ベクトルが零ベクトルであることを示せばよい. Aのj列目はAejである. ここで, ej ∈Rn=⟨v1,· · · ,vk⟩よりejはv1,· · · ,vkの線形結合で書ける. つまりej =∑k
i=1riviと表せる. ゆ えにAej =A(∑k
i=1rivi
)
=∑k
i=1A(rivi) =∑k
i=1riAvi =∑k
i=1ri0=0.