第 9 章 置換の符号と転倒数 ( よりみち ) 69
10.4 歪対称性
次の性質を歪対称性(skew-symmetry)あるいは反対称性(antisymmetry)という. この命題の証 明も12章にまわそう.
命題 10.4.1 (歪対称性). 列の入れ替え(または行の入れ替え)を行うと行列式は−1倍される. すなわ ち,各xk (k= 1,· · · , n)をn次列ベクトルとするとき,i < jについて,
(1) det[x1,· · · ,xi−1,xj,xi+1,· · · ,xj−1,xi,xj+1,· · ·,xn] =−det[x1,· · · ,xn], (2) dett[x1,· · ·,xi−1,xj,xi+1,· · · ,xj−1,xi,xj+1,· · ·,xn] =−dett[x1,· · ·,xn].
歪対称性の幾何的な意味を考えよう. 列を入れ替えても,それらで張られる平行体はもとの平行体と同 じである. したがって,列の入れ替えによる行列式の変化は,体積の符号が逆になるかどうかに限られて いる. 2次の場合は,列を入れ替えると第1列を第2列に重ねる際の回転の向きが逆になることから,符号
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も逆になることが分かる. 3次の場合は,二つの列の入れ替えは平行六面体の底面の符号つき面積が−1 倍されることに相当し,したがって体積も−1倍される. 4次以上についても同様のことが想像されよう. さて,n次列ベクトルの組a1,· · ·,anの中に互いに等しい列があれば,それらで張られる平行体は(n−1) 次元以下に潰れている. よって,この図形のn次元体積は0である. この事実を行列式の性質に言い換え ると次の命題になる:
命題 10.4.2 (交代性). i̸=jについて, i列とj列が等しい行列式,および i行とj行が等しい行列式の 値はそれぞれ0である.
Proof. 正方行列Aに対して,Aのi列とj列を入れ替えた行列をBとすれば,命題10.4.1よりdetB =
−detAである. ここで, Aのi列とj列が等しければA =BゆえdetA=−detA. これを移項すると 2 detA= 0,つまりdetA= 0である. 行についても同様にすればよい.
更に,多重線形性と歪対称性から次が導かれる. 行列式の計算において,この性質は何度も利用するこ とになるだろう.
命題 10.4.3. ある列の何倍かを別の列に加えても(あるいは,ある行の何倍かを別の行に加えても)行列 式は変わらない. すなわち,各xk (k= 1,· · ·, n)をn次列ベクトルとするとき,i̸=jについて
(1) det[x1,· · · ,xj−1,xj+rxi,xj+1,· · ·,xn] = det[x1,· · ·,xn], (2) dett[x1,· · ·,xj−1,xj +rxi,xj+1,· · ·,xn] = dett[x1,· · · ,xn].
Proof. (1): 命題10.3.3(2)を用いて二つの行列式に分解すると det[x1,· · ·,xj−1,xj +rxi,xj+1,· · ·,xn]
= det[x1,· · ·,xj−1,xj,xj+1,· · · ,xn] + det[x1,· · · ,xj−1, rxi,xj+1,· · ·,xn]
= det[x1,· · ·,xn] +rdet[x1,· · · ,xj−1,xi,xj+1,· · · ,xn]
(上式の第2項は,i列とj列がともにxiだから,行列式の値は0)
= det[x1,· · ·,xn] +r·0 = det[x1,· · ·,xn].
(2): (1)の両辺の転置を取ればよい.
右図は,命題10.4.3の幾何的意味を図示したもので
ある. 等式det(a1 +ra2,a2) = det(a1,a2)は右図の 二つの平行四辺形の面積が等しいことを意味し, それ はカヴァリエリの原理からも導くことができる.
a2 ra2
a1
a1+ra2
第 11 章 行列式の計算
行列式の計算例を紹介する. 多くの計算演習をこなすことで,行列式が平行体の符号つき体積であるこ とを実感してもらえるのではないだろうか. そして,この実感が妥当であるゆえんを11.3節において解 説する.
11.1 サイズの小さい行列式との関係
行列式の計算では次の命題を用いて,よりサイズの小さい行列式の計算に帰着させることが多い. この 式は,平行体の体積が“底面積×高さ”であることを述べている.
命題 11.1.1.
a11 a12 · · · a1n
0 a22 · · · a2n
... ... · · · ... 0 an2 · · · ann
=a11
a22 · · · a2n ... · · · ... an2 · · · ann
=
a11 0 · · · 0 a21 a22 · · · a2n
... ... · · · ... an1 an2 · · · ann
.
上式の証明は次章にまわし(定理12.5.1),ここでは右側の等号の幾何的な意味を説明しよう. そこで右 辺に現れる列ベクトルをa1,· · · ,anとし,これらで張られる平行体をD,その符号つきn次元体積(つま り上式の右辺)をV(D)とする. はじめに次の場合:
a1 =
a11
0 ... 0
,a2 =
0 a22
... an2
,· · · ,an=
0 a2n
... ann
について考える. このとき, (n−1)個のベクトルa2,· · ·,anで張られる(n−1)次元以下の平行体は,Rn の超平面{t(x1, x2,· · · , xn)∈Rn|x1 = 0} (第1座標が0の点全体)に含まれている. また,この図形は a′2 =
a22
... an2
,· · ·,a′n=
a2n
... ann
で張られるRn−1上の平行体と合同であり,ゆえにその符号つき(n−1)
次元体積はdet[a′2,· · ·,a′n]である. したがって,図形Dは底面積がdet[a′2,· · · ,a′n]で高さがa11の角柱 であり,ゆえにV(D) =a11det[a′2,· · · ,a′n].
次にa1が一般のn次列ベクトルの場合を考えよう. このとき図形Dは,上で考えた角柱をa1方向に 歪ませた形になる(図11.1). カヴァリエリの原理によれば,Dの体積はもとの角柱の体積に等しく,した がってV(D) =a11det[a′2,· · · ,a′n]である.
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x y
z
a1=
a11
a21
a31
a2=
0 a22
a32
a3=
0 a23
a33
a11
0 0
図11.1: n= 3の場合 例 11.1.2. 上三角行列の行列式は,対角成分の積に一致する:
a1
a2
∗
O
. .. an=a1
a2
a3
∗
O
. .. an=· · ·=a1a2· · ·an.
とくに,|E|= 1.
備考 11.1.3. 先の考察では第1座標を平行体の高さとみなした. もちろん, 他の座標を高さとみなして
行列式のサイズを小さくすることもできる. たとえば第3座標を高さとみなせば次の等式を得る:
a11 a12 0 a14
a21 a22 0 a24
0 0 a33 0
a41 a42 0 a44
=a33
a11 a12 a14
a21 a22 a24 a41 a42 a44
上の等式の証明は13.1節を見よ(余因子展開).