第 9 章 置換の符号と転倒数 ( よりみち ) 69
9.2 文字列の並び替えと転倒数
1からnまでの文字を重複なくすべて並べた文字列のことを, 本節ではn-文字列と呼ぼう. このとき 置換σ∈Snは「n-文字列の並べ替え方」とも見なせる. この見なし方(解釈の仕方)は一通りではなく, 次に挙げるように何通りも考えられる. ここではσ :=
(
1 2 3 4 5 6 7
4 1 6 2 7 5 3
)
を例に取り,σがどん な並び替えを与えるかを説明しよう.
【備考】ここでは特定の7-文字列(例えば1234567)の並び替えだけを考えるのではなく,任意の7-文字列が上の σを通して別の文字列に並び替わると考える. つまり,σを「7-文字列の集合の間の写像」と見なす.
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(I) 文字iのあった場所に文字σ(i)を置く並び替え.
上のσを例にとれば, 文字1のあった場所に文字4を置き, 文字2のあった場所に文字1を置き,
· · · とする並び替え方になる. 例えば1234567→4162753, 4162753→2451376といった並べ替え である. 一般的に言えば,l1· · ·ln→σ(l1)· · ·σ(ln)という並べ替えをσは与える.
(II) 文字σ(i)のあった場所に文字iを置く並び替え.
この並び替えは, (I)におけるσ−1の並び替えに等しい. (II)の解釈で文字列の入れ替えを行うと,積 τ2τ1による入れ替えとτ1で入れ替えた後にτ2で入れ替えたものが一致しない. 実際,τ1 = (1,2,3), τ2 = (1,2)として文字列123の入れ替えを行うと,前者τ2τ1 = (2,3)では123τ→2τ1 132, 後者では 123→τ1 312→τ2 321となり結果が異なる. つまり, この解釈は置換の合成と上手く関係づけられな い2.
(III) 第i列目にあった文字をσ(i)列目に移動させる並べ替え.
上のσを例にとれば,第1列目にあった文字を4列目に置き,第2列目にあった文字を1列目に置 き,· · · とする並び替え方になる. つまりl4l1l6l2l7l5l3→l1l2l3l4l5l6l7という並べ替え方であり,例 えば4162753→1234567, 1234567→2471635となる. 一般的に述べればlσ(1)· · ·lσ(n)→l1· · ·ln, あるいはl1· · ·ln→lσ−1(1)· · ·lσ−1(n)という並べ替えをσは与える.
【注意】(I)のσによる入れ替えと, (III)のσ−1による入れ替えは同じではない. 例えば互換τ = (1,2)の 逆置換は自分自身であるが, この置換による入れ替えは(I)と(III)で異なる. 実際, 7654321の入れ替えを 考えると, (I)では文字1と文字2が入れ替わり7654321→7654312となり, (III)では1列目と2列目が入 れ替わり7654321→6754321となる.
(IV) σ(i)列目にあった文字を第i列に移動させる並び替え.
この並び替えは, (III)におけるσ−1の並び替えに等しい. この解釈も置換の合成と上手く関係づけ られない. 実際, (II)で挙げたτ1, τ2について, 123τ→2τ1 132, 123→τ1 231→τ2 321となり異なる. (V) 第i列目の文字を文字σ(i)にする並べ替え.
この並べ替えでは,いかなる文字列もσ(1)· · ·σ(n)に並び替わる. これは並び替える前の状態を無 視した並び替えであり,置換の合成と関係づけられない. 同様の理由で, 文字iをσ(i)列目に置く 並べ替えも置換の合成と関係づけられない.
以上により,置換の合成と相性のよい解釈は(I)と(III)に限られる. この二つを例にとり,置換を互換 の積に分解する方法を再考しよう.
例 9.2.1. n-文字列123· · ·nにおいて, 隣り合う2文字の入れ替えのみを繰り返して任意のn-文字列 k1k2k3· · ·knに並び替える方法を考える. 例えば,k1を先頭に移動させ,次にk2を2列目に移動させ,· · · という操作を繰り返せばよい. 1234567を4162753に並び替える場合は,
(♮) 1234567←→(3,4) 1243567←→(2,4) 1423567←→(1,4) 4123567←→(5,6) 4123657
(3,6)
←→4126357←→(2,6) 4162357←→(5,7) 4162375←→(3,7) 4162735←→(3,5) 4162753.
ここで, 記号←→(i,j) は文字iと文字jのみの入れ替え,すなわち(I)の意味で互換(i, j)に対応する入れ替
えを指す. なお,互換は自分自身が逆置換となるため, 上の変形は逆をたどることもできるので,ここで は矢印を両側に付けた.
2一般に,解釈(II)のもとでは, σ1で入れ替えた後にσ2 で入れ替えたものはσ1σ2による入れ替えに等しい. つまり解釈 (II)は置換の合成とまったく関係づけられないわけではない. 解釈(IV)についても同様のことが言える.
上の入れ替えに現れた互換を合成することで,σの分解を得る3: (
1 2 3 4 5 6 7
4 1 6 2 7 5 3
)
= (3,5)(3,7)(5,7)(2,6)(3,6)(5,6)(1,4)(2,4)(3,4).
例9.2.2. 次に(III)の解釈のもと,隣り合う2列の入れ替えのみを繰り返して任意のn-文字列k1k2k3· · ·kn を123· · ·nに変形する操作を考える. 先のσは, 4162753→1234567という並び替えを与えるのであった.
(1) 1を先頭に移動させ,次に2を2列目に移動させ,· · · という操作を繰り返すと, (♯1) 4162753←→(1,2) 1462753←→(3,4) 1426753←→(2,3) 1246753←→(6,7) 1246735
(5,6)
←→1246375←→(4,5) 1243675←→(3,4) 1234675←→(6,7) 1234657←→(5,6) 1234567.
ここで,記号←→(i,j) はi列とj列の入れ替え,すなわち(III)の意味で互換(i, j)に対応する入れ替え を指す. 上の入れ替えに現れた互換を合成することで次を得る4:
(
1 2 3 4 5 6 7
4 1 6 2 7 5 3
)
= (5,6)(6,7)(3,4)(4,5)(5,6)(6,7)(2,3)(3,4)(1,2).
(2) 上とは別の方法として,既に得られている(♮)の逆をたどってもよい:
(♯2) 4162753←→(6,7) 4162735←→(5,6) 4162375←→(6,7) 4162357←→(3,4) 4126357
(4,5)
←→4123657←→(5,6) 4123567←→(1,2) 1423567←→(2,3) 1243567←→(3,4) 1234567.
ここで,いまは解釈(III)の下で考えているから,←→(i,j) の表示が(♮)とは異なる点に注意せよ. この 手順によれば,
(
1 2 3 4 5 6 7
4 1 6 2 7 5 3
)
= (3,4)(2,3)(1,2)(5,6)(4,5)(3,4)(6,7)(5,6)(6,7).
さて, 上の三つの例では, いずれも同じ個数の互換に分解されている. そこで, 並び替え123· · ·n → k1k2k3· · ·kn(あるいはk1k2k3· · ·kn→123· · ·n)を達成するために上の例と同様の手順で隣り合う文字 (あるいは列)の入れ替えを繰り返すとき,その回数を数えてみよう. (I)の解釈のもと,各i= 1,· · ·, nに ついて,文字kiを所定の位置(i列目)に移すために入れ替えた回数は,ki+1,· · ·, knの中にあるkiより小 さな数の個数に等しい. したがって入れ替えの総数inv(k1,· · ·, kn)は,
inv(k1,· · · , kn) : =
n∑−1 i=1
(ki+1,· · ·, knのうちkiより小さな数の個数)
= i < jかつki > kjを満たす組(i, j)の総数. 上のinv(k1,· · · , kn)を転倒数(inversion number)と呼ぶ.
例9.2.3. 例えばinv(4,1,6,2,7,5,3) = 3 + 0 + 3 + 0 + 2 + 1 = 9であり,σ = (
1 2 3 4 5 6 7
4 1 6 2 7 5 3
)
は先の例で見たように9つの互換の積に分解されている.
3上では文字列1234567の入れ替えについてしか考えていないものの,実は,別の文字についてもσによる入れ替えと,上 で与えた互換による入れ替えを順次施したものは一致することが分かり,置換としての等式が得られる. 詳しくは補題9.2.5(3) を見よ.
4ここでも文字列4162753の入れ替えしか見ていないが,解釈(III)は列の入れ替えを指示するものであることから,別の文 字についてもσによる入れ替えと,上で与えた互換による入れ替えを順次施したものは一致する.
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以上は一般の置換においても成立し,とくに(III)の解釈のもとで次を得る. ここで, (i, i+ 1)なる形 の互換を隣接互換(adjacent transpositions)あるいは基本互換(fundamental transpositions)と いう.
定理 9.2.4. 任意の置換 (
1 2 · · · n k1 k2 · · · kn
)
はinv(k1,· · · , kn)個の隣接互換の積で表せる. 以上により,転倒数を用いて置換の符号を定義できることが分かった. すなわち,
sgn (
1 2 · · · n k1 k2 · · · kn
)
= (−1)inv(k1,···,kn). 補題 9.2.5. 置換σ, τ, τ1,· · · , τk∈Snについて,解釈(I)の下で次が成り立つ.
(1) n-文字列l1· · ·lnをσで入れ替えた後にτ で入れ替えたものは,l1· · ·lnをτ σで入れ替えたものに 一致する.
(2) n-文字列12· · ·nをσで入れ替えたものとτで入れ替えたものが一致するとき,σ =τ が成り立つ.
(3) n-文字列12· · ·nに順次τ1,· · ·, τkによる入れ替えを施したものとσによる入れ替えを施したもの が一致するとき,σ=τk· · ·τ1が成り立つ.
Proof. 解釈(I)の下では,σによる入れ替えはl1· · ·ln
→σ σ(l1)· · ·σ(ln)である. (1): 前者の入れ替えは
l1· · ·ln −→σ σ(l1)· · ·σ(ln) −→τ τ(σ(l1))· · ·τ(σ(ln)) = τ σ(l1)· · ·τ σ(ln) であり,後者の入れ替えはl1· · ·ln τ σ
→τ σ(l1)· · ·τ σ(ln)である. よってこれらは等しい.
(2): 12· · ·n→σ σ(1)σ(2)· · ·σ(n)と12· · ·n→τ τ(1)τ(2)· · ·τ(n)の結果が等しいことからn-文字列と してσ(1)σ(2)· · ·σ(n)とτ(1)τ(2)· · ·τ(n)は等しい. つまり各i= 1,· · ·, nについてσ(i) =τ(i)であり, ゆえにσとτ は写像として等しい.
(3): τ :=τk· · ·τ1と置くと, (1)をk回適用することで, 前者は12· · ·nをτ で入れ替えたものと等し い. これが後者と等しいことから, (2)よりτ =σ. つまりτk· · ·τ1=σである.
上の(2)と(3)では特別なn-文字列12· · ·nに関する主張としたものの,これを別のn-文字列にしても 同様の主張が成り立つ. また,解釈(III)の下でも補題9.2.5と同様の主張が成り立つ. これらについては 各自で考えてみよ.
第 10 章 行列式の定義と性質
いよいよ行列式の定義に入ろう. 本章では,行列式を特徴づける性質である多重線形性と歪対称性につ いて述べる. 行列式の定義を形式的に与えることもあり, これらの性質に実感が湧かない読者もいるだ ろう. そこで,行列式を平行体の符号つき体積とみなすとき,これらの性質がどう解釈できるかも紹介し た. これらの幾何的な意味を知っておいた方が,より強く印象に残ることと思う.
10.1 定義
行列式の形式的な定義を次で与える. 恐らく初学者にとって,定義を見ただけでその意味を理解するの は困難であろう. にもかかわらず,この定義を採用する理由は,行列式に関する数々の命題を証明する際 に明示的な式が必要だからである.
定義 10.1.1. n次正方行列A = [aij]に対して, Aの行列式(determinant)を次の式で定め, これを detAあるいは|A|と書く:
detA:= ∑
σ∈Sn
( sgn(σ)
∏n i=1
aiσ(i) )
= ∑
σ∈Sn
sgn(σ)a1σ(1)a2σ(2)· · ·anσ(n).
上で与えた式がAの列ベクトルで張られる平行体の符号つき体積に一致するかどうかは,現段階では 疑わしい. この疑問への解答は11.3節で与える.
さて,対称群Snの元の総数はn!であった. つまりn次の行列式はn!個の和として定義される. 例え ば2次の行列式は2項の和であり, 3次行列式は6項の和, 4次行列式は24項の和である. 行列のサイズ が小さい場合について,行列式を書き下すと次のようになる.
例 10.1.2. 混乱を避ける必要がある場合に限り,行列の(i, j)-成分aijをai,jと表記する. (1) n= 1の場合: S1={id}およびsgn(id) = 1より,
det(a11) = sgn(id)a1,id(1)= 1·a1,1=a11. (2) n= 2の場合: S2={id, (1,2)}, sgn(id) = 1, sgn(1,2) =−1であるから,
a11 a12
a21 a22
= sgn(id)a1,id(1)a2,id(2)+ sgn(1,2)a1,(1,2)(1)a2,(1,2)(2)=a11a22−a12a21. (3) n= 3の場合: 例8.5.4より
S3={id, (1,2,3) = (1,3)(1,2), (1,3,2) = (1,2)(1,3), (1,2), (2,3), (1,3)} である. したがって,
a11 a12 a13 a21 a22 a23 a31 a32 a33
= ∑
σ∈S3
sgn(σ)a1σ(1)a2σ(2)a3σ(3)
= sgn(id)a1,id(1)a2,id(2)a3,id(3)+ sgn(1,2,3)a1,(1,2,3)(1)a2,(1,2,3)(2)a3,(1,2,3)(3)
+ sgn(1,3,2)a1,(1,3,2)(1)a2,(1,3,2)(2)a3,(1,3,2)(3)+ sgn(1,2)a1,(1,2)(1)a2,(1,2)(2)a3,(1,2)(3) + sgn(2,3)a1,(2,3)(1)a2,(2,3)(2)a3,(2,3)(3)+ sgn(1,3)a1,(1,3)(1)a2,(1,3)(2)a3,(1,3)(3)
=a11a22a33+a12a23a31+a13a21a32−a12a21a33−a11a23a32−a13a22a31. 75
たすきがけ
2次および3次の行列式を覚えるために, たすきがけ(またはサラスの方法)と呼ばれる手法がよ く用いられる. 右下がりの組の符号を正,左下がりの組の符号を負として,次の展開式を得る:
(−) (+)
a11 a12 a21 a22
=a11a22−a12a21.
3次の場合はやや複雑になるが,次のように分ける.
(+)
a11 a12 a13
a21 a22 a23
a31 a32 a33
(−)
a11 a12 a13
a21 a22 a23
a31 a32 a33
上の図式をもとに次の展開式を得る:
a11 a12 a13
a21 a22 a23
a31 a32 a33
=a11a22a33+a12a23a31+a13a21a32−a12a21a33−a11a23a32−a13a22a31.
なお, 4次以上の行列式には,この様な方法は使えない.