第 2 章 ベトナムの二輪車市場の概況 ―ホンダの現地化の対象市場
2.1 ベトナム二輪車市場の形成と発展プロセス
ベトナムの工業化は、輸入代替工業化政策と共に発展した。ベトナム二輪車市場は、この政策に より工業化の基盤が形成された。1990 年の始動から30 年程度の間に誘致された外資系企業及び、
中国製部品の組立を契機として参入した地場系企業による市場を巡る競争などを通じて、急成長を 遂げてきた。2005 年頃から、WTO加盟準備の下での規制緩和の進展や外国投資の増加を背景とし て、ベトナム二輪車市場は市場主導の発展という新たな段階に突入し、国産化政策の下で成長して いる。
発展途上国の場合、1 つの産業の発展過程は「輸入、国内生産、輸出(もしくは海外生産)、再 輸入」というサイクルを描く。同時に、輸入代替と輸出振興を軸とする貿易政策と、保護・育成を 目的とする産業政策が重要になる34。末廣(2000)は、「キャッチアップ型工業化論」を批判的に 検討し、ベトナム二輪車産業の発展は「第2 の終わりと第 3の始めの交差点の段階」に位置してい ると述べた。1986 年以前のベトナムの経済は“バオカップ経済”と言われ、食料や生活物資の配給 が国民の生活を支えていた。バオカップ経済時期は国有企業及び地域企業のみであった。この時期 の経済型は人民が政府のため、働いた。一方、ベトナム政府は人民の能力により、食料や生活物資 を支給した。当時ベトナム経済市場で個人企業や貿易・投資企業は全く存在しなかった。ベトナム は国内市場の形成の範囲内で経済活動を続けていたと言える。
1986 年ドイモイ政策によりベトナム経済は、新たな時期に入った。その中で、外資企業の進出 は、ベトナム経済の発展に大きな影響を与えた。1990 年以降海外の多くの二輪車企業がベトナムに 参入し、現地に販売、生産拠点を設立し、自社の製品、技術、経営活動などを運用し、ベトナムの 消費者のニーズに合った製品を提供している。
「キャッチアップ型工業化論」のモデルを見ると、ベトナム工業省はその段階に向け、国家の支 援で二輪車産業の基盤を形成し、進化させている。グローバリゼーションが進展する中で、ベトナ ムは「工業化・近代化」という大きな国家目標に取り組んでいる。ベトナム工業省の目標は 2025 年 までにベトナム二輪車産業において二輪車メーカーと二輪車サプライヤーが共同で現地化率の向上 をはかることであり、海外市場向けに二輪車の輸出を拡大し、ベトナム二輪車産業を進化、発展さ せることである。ホンダベトナムやSYM ベトナム、ヤマハベトナムも政府の政策に対して、地場系 サプライヤーとの連携により、生産コストの削減や技術指導などを行なっている。
小島(2004)が提唱する雁行形態論の理論モデルの第1 モデルを基に分析すると、ベトナムの経 済はドイモイ政策により発展していると共に、ベトナム二輪車市場も次の3つの段階で発展してい る。第1段階は、1990 年以前で欧米や日本やタイなどのバイクがベトナム市場に輸入されたが、当
34 末廣昭(2000)『キャッチアップ型工業化論』名古屋大学出版会 pp.5-6
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時ベトナムの所得水準が低かったため、バイクを購入することが難しかった。そのため、二輪車は 少なかった。第2段階は、政治面の改革が行われ、ベトナム政府は自国の経済発展のためドイモイ 政策やWTO加盟やTPP 加盟など様々な対策を実施した。それにより外資系二輪車企業はベトナム市 場に次々に進出し、現地消費者のニーズに応え、二輪車の販売及び生産を開始するという段階を迎 えた。第 3 段階は、ベトナム二輪車市場は消費者に低価格・高品質製品を提供するだけでなく、グ ローバル化により成長し、輸出量を増加させるようになる。現在のベトナム二輪車市場は、第2段 階から第 3 段階に移行する過程にあるといえる。
2.1.2 ベトナム二輪車市場の現状と発展プロセス
(1)世界二輪車市場におけるベトナムの地位
ASEAN 二輪車市場は、規模が大きく世界二輪車市場シェアの31%を占めている。図表2.1 を見る と、二輪車販売台数において ASEAN のインドネシアは第 3位であり、ベトナムは第4 位である。
2018 年に ASEAN の中では、インドネシアの二輪販売台数は第1 位(638万台)、ベトナムの二輪販 売台数は第2 位(339万台)、タイの二輪販売台数は第 3位(178万台)であった。次に、フィリピ ン、マレーシアの順である35。
図表 2.1 世界国別二輪車販売台数のランキング(2018 年度)(万台)
出所:Motorcyclesdata36のデータを基に筆者作成
35 ASEAN 二輪車協会のホームページ(https://fami-motorcycle.org/databases/)2019 年 9 月 15 日アクセス
36 https://www.motorcyclesdata.com/category/asia-pacific/ 2019 年 9 月 15 日アクセス
2150 1550 638 339 190 178 159 95,7 76,2
インド
中国
インドネシア
ベトナム
パキスタン
タイ
フィリピン
ブラジル
台湾
27
二輪車市場において前年同期比の値は、2019 年上半期ベースでシンガポール(+25%)とマレーシ ア(+20%)の販売台数は急増し、インドネシア(+7.3%)とフィリピン(+8.1)の販売台数も増加して いる。しかし、ベトナム(-5.3)とタイ(-4.3)の販売台数は減少している37。
(2)ベトナム二輪車販売台数の推移
世界第4 位のベトナム二輪車市場は他の二輪車市場に比べ、市場成長力及び開発競争力が高い。
ベトナムの二輪車販売台数は世界第 3位のインドネシアと比較すると規模は半分程度である。
図表2.2 が示すようにベトナムの二輪車販売台数は、循環変動を持ちながらトレンドとして成長 し、2000 年以降急激に発展している。2000 年前後中国車バブル期には、中国車の輸入二輪車が急増 する。またベトナム政府の国産化規制を受けて中国部品の KD組立を担当する地場系組立企業が多数 参入する。2002 年以降外資系二輪車企業が、低価格製品を開発し、ホンダベトナムは低価格・高品 質製品Waveaの開発に成功する。またそれに続き、他の外資系企業も低価格二輪車を開発し始め た。その結果、低価格二輪車の投入が潜在市場を底上げし、2010 年から 2012 年にかけてベトナム 二輪車市場は急速に成長した。
図表2.2 ベトナム二輪車市場販売台数の推移(千台)
出所:ベトナム登録局のテータ、ベトナム二輪車協会のデータを基に筆者作成
37 ASEAN 二輪車協会のホームページ(https://fami-motorcycle.org/databases/)2019 年 9 月 15 日アクセス 0
500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000
1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 外資系の
低価格二 輪車開発 中国車
バブル 期
外資 系企 業の 参入
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イタリア系ピアジオベトナムは 2011 年には生産能力の向上のため、第2生産工場を設立した。ヤ マハベトナムは、販売台数の増加に対応するために、約35億円を投資し、生産規模を拡大した。そ の後ベトナム二輪車市場は 2011 年にピークを迎える。一方でそれを超えることはないが、2014 年 を底に販売台数は成長している。現在ベトナム二輪車市場は成熟化しているとも言われるが、近年 の販売台数を見ると、ベトナム市場はまだ二輪車のニーズは高いと思われる。
(3)ベトナム二輪車生産台数の推移
ベトナム二輪車市場は 1990 年代初め海外からの輸入車により市場の形成が始まった。ドイモイ政 策後、経済の成長によってベトナムでの二輪車のニーズが増加し、1993年の販売台数は37万台に 達した(前掲図表 2.2)。
国内二輪車の生産台数の増加には、ベトナム政府の二輪車政策が大きく貢献している。1998 年に は完成車の輸入が禁止され、これと合わせ、同年 12 月には国産化率に連動した奨励的輸入関税政策 が導入された。これらの政策により外資系企業は輸出が難しくなり、国産化に切り替えていった。
その動きと連動して、国内二輪車生産台数は 2000 年から急増した。また、ベトナムの所得水準の向 上も生産台数に影響を与えた。2011 年をピークに段階的に増減したことがあったが、近年の生産台 数は、350万台前後となっている。
図表 2.3 ベトナム二輪車市場生産台数の推移(千台)
出所:ベトナム登録局、ベトナム二輪車協会のデータより筆者作成
(4)ベトナム二輪車市場の発展プロセス 0
500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000 4500
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 外資
系企 業の 参入
中国 車バ ブル 期
国 産 化
サプライヤーものづく り力の強化、人材育成、
技術向上の投資
29
ベトナム二輪車市場は 1990 年代に外資系企業の参入により、輸入代替工業化の取り組みから始ま った。図表2.4 は時間の流れの軸でのベトナム政府の政策及び、外資系企業及び地場系企業の動向 の相互関係と、二輪車市場の発展プロセスを示している。
ベトナム二輪車市場は現在まで政府の政策、外資系企業の参入などにより段階的に発展してき た。ベトナム二輪車市場は 1995 年以前、日本や台湾など外資系企業の二輪車が輸入された。その 後、ベトナムの二輪車需要の拡大と共に、政府は外資系二輪企業誘致の政策を打ち出した。
1995 年以降、外資系企業はベトナム政府の国産化政策に対応して販売、生産の規模の拡大、現地 部品調達比率の向上を行った。特に日系ホンダは品質の安定やコスト競争力の向上のため一貫生産 体制を志向し、ベトナム二輪車市場に参入した。参入にあたり外資系企業は完成車組立だけでな く、部品生産も政府により義務つけられたからでもあった38。1999 年までベトナム二輪車市場シェ アのほとんどは外資系企業によって占められた。
図表 2.4 ベトナム二輪車市場発展プロセスの諸段階と政策 時期 年間販
売台数
政策 外資系二輪車企業の動向 地場系二輪車企業の動向
1995 年以 前
約10 万台
・ドイモイ政策
・工業化・近代化政策
・輸入割当制度
・輸入車のみ
1995 年〜
1998年
30〜50 万台
・外資の誘致による輸入 代替
・台湾系、日系企業の参入
・外資系サプライヤーの参入
・輸入二輪車、SKD 生産による 市場シェアの拡大
・中国からの輸入二輪車及 び、KD 中国部品組立の最 低価格車→市場シェアの拡 大
1999 年〜
2001 年
170〜
200万 台
・国産化
・模倣車への対策
・中国車バブル期→シェア低 迷
・コスト競争力が高い→国 内市場シェアが急拡大
・多くの地場系企業は販売 社から転換
2002 年〜
2005 年
150万 台
・輸入規制
・国産化政策の強化
・部品輸規制:部品輸入 税が高くなった
・登録規制の撤廃
・低価格・高品質製品の投入
→シェアが回復
・地場系サプライヤーとの取 引の促進
・市場シェアの低迷
2006 年〜
2010 年
200万 台〜
・外資系サプライヤーと 地場系サプライヤーの連 携を奨励する政策
・台湾系キムコ、イタリア系 ピアジオの参入
・生産規模の拡大
・多くの企業の二輪車事業 廃業
38 三嶋恒平(2007)「ベトナムの二輪車産業:グローバル化時代における輸入代替型産業の発展」『比較経済研 究』Vol.44, 1号 p.63