第 5 章 ホンダベトナムの競合企業の分析 ―台湾系・日系企業の現地化との比較分析を踏まえて
5.2 ベトナムにおける日系企業の参入動向と現地化 ―ヤマハベトナムを中心に
5.2.1 ヤマハベトナムの進出プロセス
(1)ヤマハ二輪車事業の概要及びグローバル化の動向
図表 5.3 ヤマハ二輪車事業グローバル化の概要
1958年 メキシコに現地法人設立
1963 年 インドに二輪車の製造・販売会社パール・ヤマハ設立 1964年 タイに二輪車の製造・販売会社サイアム・ヤマハ設立 1966 年 台湾の功學社股公司と二輪車の生産技術援助契約締結 1968年 オランダに販売統括会社 YMENV設立
1970 年 ブラジルに販売会社 YMDB設立
1971 年 インドネシアに二輪車の製造会社ハラパンモーター社設立 1973 年 カナダに販売会社 YMCA設立
1974年 インドネシアに二輪車製造会社 YIMM設立 1981 年 スペインに二輪車の製造・販売会社 SEMSA設立
1982 年 フランスのモトベカーヌ社と二輪車の製造・販売について業務提携 1983 年 ブラジルに二輪車・船外機の製造会社 YMDA設立
中国の北方工業公司と二輪車の技術援助契約締結 オーストラリアに販売会社 YMA設立
インドのエスコーツ社と二輪車の技術援助契約を締結
1986 年 アメリカにゴルフカー、ATV、水上オートバイの製造会 社 YMMC設立 台湾に二輪車の製造/販売会社 YMT設立
92
1991 年 フランスに販売会社 YMF設立
メキシコに二輪車の製造・販売会社 YMMEX設立 1992 年 中国に二輪車の製造会社CJYM設立
オーストリアに販売会社 YMAG設立 ハンガリーに販売会社 YMH設立 1993 年 中国に二輪車製造会社 NYM設立 1994年 中国に二輪車製造会社LYM を設立
1995 年 インドに二輪車の製造・販売会社 EYML 設立 1996 年 アルゼンチンに二輪車の製造・販売会社 YMARG設立 1998年 ベトナムに二輪車の製造・販売会社 YMVN設立
ペルーに販売会社 YMDP設立 2005 年 ロシアに販売会社 YMCIS設立
2006 年 インドネシアで二輪車製造会社 YMMWJが操業開始 2007 年 フィリピンに二輪車の製造・販売会社 YMPH設立 2008年 カンボジアに二輪車の製造/販売会社 YMKH設立
インドに二輪車の製造/販売会社IYM設立 2009 年 トルコに販売会社 YMTR設立
2012 年 ASEAN統合開発センター(タイ)とインド調達センター 設置 2013 年 インドに二輪車開発会社 YMRI設立
2014年 アルゼンチンに二輪車生産の新工場が完成・稼動 2015 年 パキスタンの二輪車製造・販売会社 YMPK が稼動
インドネシアの二輪車開発会社 YMRID が稼動
2016 年 「ヤマハパフォーマンスダンパー」の生産累計が 100万本を達成 2017 年 静岡県磐田市にヤマハモーターイノベーションセンターの開設
静岡県浜松市北区に新・浜松IM 事業所の開所
2018年 ヤマハモーターアドバンストテクノロジーセンターを横浜市に開設
93
2019 年 インドでの二輪車累計生産台数が 1000万台に到達 出所: ヤマハのホームページ(Yamaha Fact Book 2021111)より筆者作成
日本の二輪車産業は、戦後 1946 年からメーカーの生産が再開され、同時にスクーターへの新規参 入が見られた。企業数は 1951 年には30 社、53年には 70 社、1955 年のピーク時では 204 社まで膨 れ上がった(佐藤、他、2006)。ヤマハ発動機株式会社(ヤマハ)は 1955 年に日本楽器製造株式会 社のモーターサイクルの製造部門が分離独立し、設立された。ヤマハは企業理念として「感動創造 企業」を掲げ、「世界の人々に新たな感動と豊かな生活を提供する」ことを目指し、グローバルな 成長活動を展開している。
ヤマハの二輪車事業は 2019 年 12 月末の時点で従業員数が 10567 人であり、日本を除き、世界中 に 107拠点(販売、生産)を構築している112。図表 5.3を見ると、ヤマハは設立5 年後には、海外 市場に進出したことが分かる。同社は 2000 年代前半では、アジア市場の比率は台数ベースで高くな く、単価の高い大型オートバイが中心で、北米、欧州が高い売上比率を占めていた。しかし最近で は、アジア市場の二輪車ニーズの拡大のため、アジア各国の二輪車市場で生産と販売活動を促進し ている。ヤマハの 2018 年度の世界市場シェアは 9.4%であるが、地域別にみれば、アジア市場には 同社の 85.1%の二輪車を販売している113。
(2)ヤマハベトナムの進出動向
図表 5.4 ヤマハベトナム発展プロセスの概要
1998年 ヤマハベトナム設立 1999 年 初製品バイク Sirius発売 2001 年 バイクJupiter の発売
2002 年 スクーターNouvo の発売:べトナム二輪車市場初のスポーツスタイルスクーター 2003 年 販売台数累計10万台、女性向け廉価なスクーターMio の発売
2005 年 部品生産子社設立、男性向けバイク Exciter の発売 2008年 第 2 生産工場設立
2011 年 女性向けスクーターNozza の発売
111 https://global.yamaha-motor.com/jp/ir/library/factbook/pdf/2021/2021factbook.pdf 2022 年 3 月 3 日アク セス
112 ヤマハのホームページより筆者計算(https://global.yamaha-motor.com/jp/profile/group/)2020 年 9 月 10 日 アクセス
113 https://global.yamaha-motor.com/jp/ir/library/factbook/pdf/2019/2019factbook.pdf 2020 年 9 月 10 日アク セス
94
2014年 女性向けスクーターGrande の発売 2016 年 男性向けスクーターNVXの発売
2019 年 女性向けスクーターLatte、男性向けスクーターFreego の発売 出所:ヤマハとヤマハベトナムのホームページより筆者作成
日本の二輪車産業は 1990 年代国内市場が一貫して縮小し、100万台を切る状況となる。アジアを 中心に世界市場が拡大する中で、日本の二輪車業界の視点も国内から海外へと比重を移していた
(佐藤、他、2006)。アジア二輪車市場は 1990 年代後半には、中国が国内の競争環境が悪化し、ま たタイとインドネシアでは経済危機のため、二輪車の販売台数が減少していた。
ベトナムの二輪車産業は 1990 年代に入ると、外資系企業の参入により生産が開始された。ベトナ ム政府は国際経済機関への加盟、輸入代替工業化による経済キャッチアップ政策を打ち出し、二輪 車産業を成長させた。ベトナム市場はマクロ経済の視点から見ると、豊富な人口であり、GDP が安 定成長している。また二輪車使用思考の習慣があるため、二輪車工業の発展にとっても魅力のある 地域であった。ヤマハは 1998 年ベトナム二輪車市場に参入し、同年生産工場も建設した。
ヤマハベトナムは、進出初期には高価格戦略を採用したが、2000 年前後中国車バブルが発生した ため、ホンダベトナムと同様に、市場シェアが下がった。ベトナム政府は 1998 年に国産化率向上の 政策を課したことにより、日系企業は部品調達の現地化を進め、低価格車の開発にも着目した。ヤ マハベトナムは 1999 年に男女を問わず、中・高価格帯バイクSiriusを開発、投入し、ベトナム消 費者に好まれた。2000 年代入るとホンダベトナム、スズキベトナムが販売価格の引き下げによって 販売台数の増大をねらった戦略をとった。それに対し、ヤマハベトナムの戦略は高付加価値二輪車 の投入によって新たな製品カテゴリーの開拓をねらう差別化戦略をとった(三嶋、2009)。
ヤマハベトナムはヤマハタイに続き、2002 年にスクーターNouvo を投入した。Nouvo はベトナム 二輪車市場で初の男性向けスクーターであることから、男性消費者に好まれた。ヤマハベトナムは Nouvo の成功に続き、2003年に女性向けスクーターMio を発売した。ベトナムの二輪車市場は当時 女性向けスクーターが少なく、価格は高いが、希少価値の高い Mio は迅速に好まれた。これらの製 品の成功により 2003年に販売台数累計が 10万台に達した。同社は内製化を向上させると共に、日 本への部品輸出のため、2005 年に部品生産の会社を設立した。同年には、男性向けバイク Exciter が発売され、大ヒットになり、現在でも人気がある。
ヤマハベトナムは 2003年に生産規模拡大のため、第2 工場を建設し、生産能力が 100万台に達し ている。販売網も拡大し、販売・サービス店網が348店に拡大している。ヤマハベトナムは若者消 費者の方に着目しており、ファッション性のある二輪車の開発を推進している。
(3)ヤマハベトナムの現状と問題点
(ⅰ)現状
ヤマハベトナムは 2019 年に二輪車販売台数累計が 500万台であり、インドネシアヤマハ、インド ヤマハ、フィリピンヤマハに次ぐ規模となり、部品を納入する静岡県内のメーカーも複数進出して
95
いる114。ヤマハベトナムは、ベトナム市場で他の外資系に比べ、参入が若干遅れているが、SYM ベ トナムを圧倒し、2020 年にシェアが 14%であり、国内市場でホンダベトナムに次ぎ、第2 位であ る。同社は、現在バイク、スクーター、スポーツバイクを販売している。
(ⅱ)問題点
ヤマハベトナムはシェアが第2 位であるが、第1 位ホンダベトナムと比べ、大きな差がある。ま た、ホンダベトナムに比べ、販売網は弱くないが、製品ラインナップが見劣りしており(2020 年の 車種数はホンダベトナム 28、ヤマハベトナム 18)、生産規模が小さくないが、ホンダベトナムに比 べ、弱いと評価される(年間生産能力:ホンダベトナム 250万台、ヤマハベトナム 100万台)。そ のため、ホンダベトナムに比べ、規模の経済性やコスト競争力が弱いと考えられる。従って、ヤマ ハベトナムは販売網では中・高価格層を中心に強い競争力を持つが、全顧客層に強みを持つホンダ ベトナムに対抗するには問題点があると考えられる。次の節ではヤマハベトナムの現地化戦略の特 徴などを明らかにする。