第 6 章 ベトナムにおけるホンダ、SYM、ヤマハ、地場系企業の現地市場適応の能力構築
6.3 ヤマハベトナムの現地市場適応の能力構築
本節は、第1章の図表1.8(グローバル化、現地化、能力構築、競争優位の関係)と 5 章に述べ たヤマハベトナムの現地化戦略をもとに図表6.3を作成、現地化戦略、能力構築の関係を明らかに し、ヤマハベトナムの能力構築を総合的に評価する。
6.3.1 ヤマハベトナムの現地化、現地市場適応の能力構築の関係
図表6.3 ヤマハベトナムの現地化戦略と能力構築・QCD 進化の関係 グローバル化
の特徴
・参入時期が遅い
・高価戦略 → 中・高価戦略
・デザイン開発の注目 4活
動の 現地 化戦 略
販売 ・専売店方式、店舗数674店(3S専売店、2Sサービス店、スポーツバイク店)、第 2位 生産 ・輸入→SKD→CKD→内製化
・内製化の進度は比較的早い
・組立工場数:2;生産能力:100万台(1 工場当たり 50万台)
・部品工場数:1 部品
調達
・輸入車・自社の輸入部品+日系サプライヤーとの取引→現地の日系(主)、他外資系、地場系 との取引
・部品生産子会社設立
・現地調達現地化比率:95%、地場系サプライヤー数:6 社 開発 ・輸入車 → ファッショナブルな製品
・2020 年の車種数:18、新エンジン累計:35 4活
動の 能力 構築 と QCD 進化 の関 係
品質(Q) コスト(C) 顧客ニーズ対応(D)
販売 ・ヤマハ品質の維持 ・中・高価格車 ・販売網が国内第 2位
・全国の消費者へのアプ ローチ
・3S専売店、2Sサービ ス店、スポーツバイク店 網
生産 ・コア部品の内製
・部品生産子会社設立
・2 工場、生産能力100万台 ・納期の短縮
部品 調達
・擦り合わせ型生産→品質の向 上
・部品調達現地化比率:2020 年 95%、地場系サプライヤー数:6 社
・日系、韓国系、台湾系、地場 系サプライヤーとの取引→コス トの削減
・部品工場の建設
・部品交換体制
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開発 ・品質が高い
・燃費効率が良くない
・低い若年層も顧客ターゲット に設定し、顧客開拓に成功した
・若者向けファッショナ ブルな製品
結果
・高い競争優位(国内シェア NO.2、14%;販売台数:50万台前後)
・ASEANへの輸出
・自社専用の販売体制の構築 出所:各資料より筆者作成
注:データは 2020 年のデータである。
ヤマハは、1958 年以降、海外市場に進出したが、ベトナム二輪車市場には、比較的遅く、1998 年 に参入した。ヤマハベトナムはホンダベトナムと同様に、進出初期にあたり高価格戦略を採用した が、2000 年前後の低価格の中国車バブル期の発生や、ベトナム政府の国産化率向上の政策により、
低価格製品の開発に注目した。同社はベトナム消費者に好まれるデザインの製品を提供しており、
2003年に第2 工場を建設し、2004 年以降国内市場シェアがホンダベトナムに次いで第2 位となって いる。
ヤマハベトナムの 4 つの活動の現地化戦略の特徴は、以下の通りにまとめている。
販売の現地化戦略においては、ヤマハベトナムは、他の外資系企業と同じく、専売店方式を採用 し、全国に 674店の販売網を構築している。ホンダベトナムの 801店には及ばないものの、第2 位 の専売店網を構築している。
生産の現地化においては、図表6.3を見ると、ヤマハベトナムは、内製化の進度が比較的早いこ とが分かる。同社は、1998 年に生産を開始し、2008 年には第2 工場を建設している。この間2005 年に部品生産子会社を設立し、生産能力の基盤を構築した。進出 7 年後に内製化を本格化した。
部品調達の現地化においては、図表6.3に示したように、部品調達現地化比率の水準は 95%と現 地化をほぼ達成したと言える。ヤマハベトナムは、進出初期に輸入車からスタートしたが、その 後、自社の輸入部品と日系サプライヤーとの取引により二輪車の生産を開始した。その後、同社は ホンダベトナムと同じように、現地進出日系サプライヤーを主力にその他の外資系や地場系との取 引を見直し、低コストのサプライヤー体制を構築した。しかし、中国車バブル期にはヤマハベトナ ムはブランド力の向上を図り上位セグメントに製品投入を集中させ、価格競争とは一線を画す差別 化戦略を採った(三嶋、2007)ため、地場系や他の外資系サプライヤーとの取引作の数が少なかっ た。現在でもこの部品調達構成を維持している。2020 年現在の地場系サプライヤー数は 6 社であ り、ホンダベトナムの 10 社、SYM の 8 社より少なく、日系サプライヤーへの依存を示している。
開発の現地化においては、ヤマハベトナムは、初期には同社の輸入車販売からスタートするが、
国内消費者のニーズに応じ、ファッショナブルな製品を開発した。またホンダとの差別化戦略の下 で、デザイン開発に強みを発揮し、ベトナム若者向けのデザインに注目し開発している。2020 年現 在における車種数は 18、エンジン累計は35 であり、ホンダベトナムの 28、61 に比べると開発能力 の面で劣る。その分特定のセグメントに集中し、ファッショナブル製品、スポーツ製品などで差別 化した強みを発揮している。
6.3.2 ヤマハベトナムの市場適応の能力構築の評価
次に 4 つの活動別の現地市場適応の能力構築活動を分析し、QCD に与える効果を評価する。
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(1)活動別にみた現地市場適応の能力構築
(ⅰ)販売活動
ヤマハベトナムは専売店とサービス店網数が国内第2 位(674店)であり、全国の消費者にアプ ローチできる体制を構築している。同社は、3S 専売店、2S サービス店、スポーツバイク店の流通シ ステムによりヤマハ品質を維持している。ヤマハベトナムのスポーツバイクは主に輸入車であり、
同社の市場シェアの中では、非常に小さい。国内第2 位の専売店、サービス店を組織しており、ホ ンダベトナムの 4S 専売店に迫る販売店規模を持つが、市場シェアでは販売体制以上に水をあけられ ている。
(ⅱ)生産活動
ヤマハベトナムは、コア部品の内製化を促進しているが、ホンダベトナムと比べ、遅れている。
同社は、市場シェアの拡大に伴い、生産規模も拡大し、現在の時点で 2 工場(生産能力 100万台)
を有している。1 工場当たりの生産規模は平均して 50万台であり、ホンダベトナムの 83 万台には 劣るものの、規模の経済性を追求できる水準に達している。生産能力面では、ヤマハベトナムとホ ンダベトナムの差は、工場数(ホンダベトナム3工場/ヤマハベトナム 2 工場)に起因していると言 える。
ヤマハベトナムは、大規模な生産工場と共に、2005 年に部品生産工場を設立したことにより品質 や納期面でも対応力を増しており、顧客への納期を短縮することができ、顧客の満足度の向上にも 貢献している。
(ⅲ)部品調達活動
ヤマハベトナムは、2005 年に部品生産子会社を設立し、エンジン等のコア部品の内製化をはかっ た。また同社は、ヤマハ標準部品の提供により品質を安定させ、部品交換体制を構築し、サービス 能力を強化している。更にホンダベトナムと同様に、インテグラル型のアーキテクチャー、ものづ くり体系を持ち、サプライヤーとの連携によりものづくり能力を継続的に向上させている。ヤマハ ベトナムは、地場系サプライヤーとの取引が 6 社と外資系の中では少ない(ホンダベトナム 10 社、
SYM ベトナム 8 社)。このことは、ヤマハベトナムが日系中心の部品調達方式から脱皮できていな いことを示唆する。コスト競争力の強化のために、製造コストの 7割近くを占める部品材料費の圧 縮が重要である。そのためには、部品調達の現地化が必要であると考えられる。地場系サプライヤ ーとの取引を拡大したが、他の外資系企業に比べて少なく、現地化の徹底が求められる。なお日系 サプライヤーとの取引が多いと、日系部品工場の現地化の遅れも問題になり、その点からのコスト 増加の要因にも留意する必要がある。
(ⅳ)開発活動
ヤマハベトナムの開発活動における現地適応の能力構築の動向を見てみよう。2020 年における車 種数は 18、新エンジン累計は35 であり、ホンダベトナムの車種数28、新エンジン累計 61 と比較す
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れば少ないが、それぞれ約 60%の水準にあり、開発活動の能力構築は進んでいる。上記のように特 定の分野では、差別化戦略により十分の成果を上げている。一方で品質、価格、デリバリーのあら ゆる側面で強みを発揮するホンダベトナムには、少し劣っている。
(2)能力構築がQCD へ与える効果
(ⅰ)品質
ヤマハベトナムは、販売面では、ホンダベトナムに次ぐ専売店網を構築し、全国の消費者に品質 の良いファッショナブルな二輪車を提供している。それだけでなく、販売活動後の専用のサービス 活動も充実している。また高品質を追求するため、同社はエンジン等のコア部品内製化を行い、製 品差別化戦略を強化している。
同社は擦り合わせ型生産を行い、部品調達ではサプライヤー(主に日系サプライヤー)との連携 により製品の品質を向上させている。開発面では現地若者のニーズに適応した製品の提供で成功し ている。ヤマハベトナムは、ホンダベトナムの低価格・高品質製品Waveaの開発の成功により、中 間所得層向けの潜在市場の開拓で後れを取ってしまった。一方、ベトナム若者や女性向け中価格帯 の製品を開発し、製品差別化戦略により、特定の製品分野では強い競争優位を持つ。現在では、国 内市場第2 位の生産規模及び販売網により、高品質・ファッション性のある製品を市場に投入し、
ブランド力は上昇しつつある。
(ⅱ)コスト
ベトナム二輪車市場におけるコスト競争力を比較すると、生産規模の大きなホンダベトナムが強 く、ヤマハベトナムは強くない。まず組立工場規模の経済性では、工場当たりの生産能力の大きな ホンダベトナムは有利である。またホンダベトナムの場合、Waveαの開発と共に部品コストの抜本 的な引き下げを行った。タイホンダの部品との共通化を実施すると共に、日系中心の部品調達体制 の見直しをはかったことが、コスト競争力の面で差をつけられた要因であろう。
ヤマハベトナムは、価格志向の大規模な顧客層では勝負できないことから、中・高所得層の顧客 にターゲットを設定し、デザインと品質で勝負している。また擦り合わせ型生産で日系サプライヤ ーを中心に、品質、コストを磨き上げてきたが限界がある。前述のようにヤマハベトナムは、地場 系サプライヤーとも連携しているが、数が少ないために、コスト削減の効果は、低いと考えられ る。
(ⅲ)デリバリー(顧客ニーズ対応)
ヤマハベトナムは、上記のように若者向けファッション性がある製品を中心に、差別化戦略でホ ンダベトナムに対抗してきた。ベトナム二輪車市場の中で、スポーツバイク店網を持つ企業はヤマ ハのみである。同社は、参入初期にあたり高所得層向けの高価格戦略からスタートしたが、2000 年 代前半以降、ホンダベトナムの成功を見て低価格製品を開発し、中・高価格戦略へ変更した。ヤマ ハベトナムは、高所得層向け製品、スポーツタイプなどの製品開発では強いが、ホンダベトナムに 十分対抗できず、製品差別化を重視している。