第 3 章 ベトナムにおけるホンダ二輪車事業の現地化の動向 ―現地向け低価格・高品質製品 Waveαの
3.3 事例研究 ―現地向け低価格・高品質製品 Waveα の開発
3.3.4 Waveα開発と各活動の現地化の意義
3.3.4 Waveα開発と各活動の現地化の意義
ここは、ホンダベトナムが、当時は画期的であった低価格・高品質製品Waveαを開発した際の対 策に関連し、生産コストの低下と潜在顧客の開拓、抜本的なコスト削減の対策の意義を中心に考察 する。
(1)コストの低下と潜在顧客の開拓 ―環境脅威と現地化の背景
ホンダは品質を重視し、顧客に良い製品を提供する経営理念によってベトナム市場で高価格でも 高品質製品を投入すると、消費者の満足度を満たすことができると考えていた。しかし、1990 年代 後半ベトナム所得水準から分析すると、ホンダベトナムの高価格車を購入できるのは、所得の高い ごく一部の層であり、一般の所得層には困難であった。ベトナムの年間所得水準は 1999 年に約 170 ドル超で(ベトナム統計局)、当時の外資系二輪車の価格において、台湾系 SYM ベトナムは 1000 ド ル以上、日系ホンダベトナムやヤマハベトナムは 2000 ドル以上であった。そのため、低価格中国車
(約 500 ドル)が投入されると、低所得の現地消費者の潜在需要を掘り起こし、急激に販売台数が 拡大した。これはホンダベトナムに大きなヒントとなった。
Waveα開発の際に、開発、部品調達、生産の全段階の費用の削減を行ったことが大きな成功要因 となったと述べたが、現地消費者に好まれないと、成功できないと考えられる。そのために、ホン ダベトナムは、現地消費者の好みを分析し、特定の品質にはこだわるものの、購入可能な価格帯に なるようWaveαの機能、部品を絞り込んだ。Waveαの開発はタイホンダのWave100 をもとにベトナ ム向けに修正し費用を大幅に削減した。また生産コスト面では、生産工程、部材調達、開発などあ らゆる面でコストの低減を図り、抜本的な費用の減少を実行した。その結果、Waveαの開発を契機 として、開発、部品調達、生産、販売の現地化が一体となり進んでいった。Waveα開発の経験を通 し、市場成長の初期における低価格・高品質製品Waveαは、市場の底辺を広げる役割を果たすこと が明らかになったからである。
(2)抜本的なコスト削減の対策 ―活動別の対策と現地化との関連
ベトナムの一人当たりの GDP は、2000 年に 1000 ドルになった(Wordbank)が、ベトナムの消費 者にとっては、中国車並みの 500 ドル程度の二輪車が望ましかった。低価格中国車は、ベトナム市 場で最も大きな市場として低所得消費者が購入できる価格に対応できたことにより、大量に売れ た。ホンダベトナムは、開発費の削減、内製化の促進、部品調達コストの削減及び専売店網の拡大 など各活動の現地化戦略によってこれに対抗した。
(ⅰ)開発費の削減
二輪車価格の低下のためには、新製品の開発、市場投入を契機に、開発費を減らすことが大切で ある。ホンダベトナムはWaveαを開発の際に設計開発段階からコスト低減を徹底することにより、
研究開発費そのものの削減と部材の調達や生産工程のコスト削減を同時並行に実行した62。一般的
62 三嶋恒平(2007)「ベトナムの二輪車産業:グローバル化時代における輸入代替型産業の発展」『比較経済研究』
Vol.44, 1号 p.67
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な二輪車の開発期間は、2〜3年であるが、Waveαは 8ヶ月と圧倒的に短期間で開発した。開発期間 の短縮は開発費の削減に大きく影響する要素である。
短期間で開発できた背景には、アジアを中心としたグローバルリソースの活用があり、ホンダベ トナムはWaveαに対しタイホンダの低価格車開発の資源、能力を徹底的に活用した。ホンダベトナ ムはタイホンダのWave100 の優位性を活用し、ベトナム市場の消費者のニーズなどに合わせ、Wave αを開発した。また、現地消費者に求められる限り不必要な機能、部品の削減、簡素化を行うが、
品質を落とすことなく大幅なコスト削減に結び付けた。またその後は、設計基準の見直しにも結び 付けた。
ホンダは、二輪車企業の中でもグローバル化が進んでおり、日本、欧米、アジアなどの資源、能 力、経験を結集して開発の現地化を推進する強みを持っている。Waveαの開発では、タイの基本設 計をもとに、ベトナム向けデザイン開発や機能開発等が行われており、開発期間の短縮、開発コス トの削減の効果を生んでいる。
(ⅱ)内製化の促進
Waveαは開発だけにとどまらず、一部コア部品の開発、共有化、生産設備、金型等の共同利用な どが連動して展開され、プラスの効果を生んでいる。2000 年前後中国車バブル期には、ベトナム政 府の国産化政策が進行した。ホンダベトナムは、この間にWaveαの開発、販売、設計が同時に進行 するが、CKD生産から主要部品の内製、生産の現地化が進行した時期でもある。
ホンダベトナムは左右エンジンカバーなどエンジン生産工程に 15億円を投資し、内製能力拡充を 行った(三嶋、2007)。ホンダは現地化の促進にあたり、コア部品は日本から輸入し、比較的簡単 な作りやすい部品を現地工場で内作した。また物流費がかさむ重量の割に大きなスペースを占める シート、あるいは、重量の重たいクランクシャフトなども早期に現地生産した代表的な部品である
(出水、2011)。部品内製化することにより、品質は安定化すると共に必要な部品をより早く生産 することができる。ホンダベトナムは日本、タイのホンダの技術を活用し、Waveαのコア部品を一 部生産し、内製化を行った。コア部品の開発は自社が開発、サプライヤーへの委託では時間がかか り、コストが割高であるが、Waveαのコア部品はタイホンダのWave100 のコア部品をベースに開発 されたので、開発時間が短縮でき、コストダウンにつながり、品質においては、社内の技術力向上 が見込めている。
(ⅲ)部品調達コストの削減
ホンダベトナムは、Waveαの開発と連動して、部品調達においてタイホンダのWave100 との共通 部品を積極的に活用し、コスト削減の効果を生み出した。また中国ホンダは、低価格車競争に敗退 し、シェアが低下した。その主たる要因は、地場系部品の低コスト化のスピードについていけなか ったことである。その時の失敗教訓により中国部品の採用をはかった。また現地地場系サプライヤ ーとの取引を拡大し、ものづくり能力を構築していった。ホンダはベトナム市場で高品質で低価格 製品の開発を目指した際に、ホンダ中国の失敗教訓を有効に活用していた。同社は、従来主に日系 サプライヤーとの取引から、地場系や台湾系などサプライヤーとも取引することになった。完成車 企業にとっては、製造原価の 7〜8割を部品企業からの調達に依存することから競争力を左右する。
調達部品のQCD の水準は、部品企業との「関係的技能」の構築に左右され、メーカー、サプライヤ
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ーが連携して能力構築を追求している(浅沼、1997)。ホンダベトナムはWaveαの生産過程の日系 中心の取引関係を抜本的に見直し、その他外資系、地場系の取り込みをもとに、新たな調達網を構 築した。
その際にホンダベトナムは、Waveαの抜本的なコスト低下の実現のために、地場系サプライヤー からの部品調達率の向上を重視して開発を進めている。図表3.3を見ると、ホンダベトナムは現地 進出台湾系 12 社、地場系 13社との取引により調達部品現地化比率を強化した。日系サプライヤー 数は大半超(18 社)であったが、ホンダベトナムは板金加工や鋳造部品の技術を指導しながら、地 場系サプライヤーへの発注を徐々に上げた。また部品調達コストの削減において、現地調達できな い部品を日本から輸入せず、主にタイホンダとホンダ新大洲経由で部品を輸入した。これによって 部品コストが大幅に下がった。タイホンダからは既にコストが下がったタイモデルとの共通部品を 積極的に活用した。中国からもホンダ新大洲が、囲い込んだサプライヤーからクラッチを輸入した 例もある(太田原、2009)。
また、ホンダベトナムは部品調達コストの削減においては、中国系企業のサプライヤー構築のノ ウハウを取り込んだ。中国二輪車市場では参入企業数が多く、競争が激烈である。標準部品を低コ ストで生産するモジュール型の取引関係を持ち、サプライヤーは主体的にコスト競争を行う能力を 持ち、そのノウハウに注目すべきであると考えた。ホンダベトナムはWaveαのコスト削減にあたっ ては、ホンダ中国での部品調達の経験を生かし、モジュール型に強いサプライヤーの部品も一部採 用した。
以上まとめると、ホンダベトナムは部品調達において、タイホンダのWave100 との共通部品を積 極的に活用し、コスト削減の効果を生み出した。またホンダ中国の失敗経験を通じて、現地地場系 サプライヤーと取引すると共に、中国部品の活用もはかった。
(ⅳ)専売店による市場ニーズへの適応
ホンダベトナムは販売の現地化を重視しており、参入当初から専売店制を採用した。Waveαの 成功により、その後車種数、エンジン数からみた新製品の投入が増えていくが、専売店網による 顧客ニーズのフィードバックが、新たな開発を生み出している。ホンダベトナムの販売方式は、
購入者の要望、信頼に対応するため、4S 専売店網を構築している。4S 専売店は、完成車・部品の 販売(Sales)だけでなく、サービス、部品補充、安全(Service、Spare Parts、Safety)の諸機 能を備えている。4S 専売店はホンダベトナムの直接販売店であり、消費者にとって、二輪車の保 証や価格の面で安心感が生まれる。併売店で販売されると、消費者は Waveαのコピー車を間違っ て購入する可能性もあるが、専売店ではそのリスクはない。Waveαは価格が安くコピー車との差 が小さいが、コピー車に比べ、品質が非常に良い。そのため、ベトナム消費者は安心して専売店 で購入する志向が強まる。また、4S 専売店は、ホンダベトナムの製品の販売だけでなく、部品交 換や購入された製品の検定などにも対応しており、購入者の満足度を満たし、購入者層を広げ信 頼度を持続的に獲得することができる。
これまでに述べた Waveαが成功した要因をまとめると、環境脅威をばねに世界の資源能力を結 集したこと、またホンダベトナムの開発を起点にして、生産、部品調達、販売の各活動が連携し て、現地化戦略を徹底的に行ったことが主要因と言えるであろう。Waveαの開発を契機に、研究 開発、部品調達、生産、販売の面で現地化を進め、市場適応の能力構築が進んだことが、従来の