第 7 章 ホンダベトナムの競争優位・業績とその要因 ―仮説検証を中心に
7.2 事例研究等による検証 ―仮説 1、仮説 2
7.2.1 仮説 1 ―Waveαの開発を中心とした事例研究による検証
図表7.2 ホンダベトナムWaveaの事例研究のまとめ
開発の特徴 成功要因
開発動機 中国車への対抗、国産化率の強化政策 • 脅威突破の迅速な戦略
136
開発時期 タイ開発車(Wave100)のベトナム適応化 による開発期間の短縮(8ヶ月、通常は 2
〜3 年)、グローバル資源、能力、経験の 活用
中国ショックからの巻き返し(アジア新興国で超低価 格品の投入、新規顧客層の拡大、ホンダの対応の遅れ の突破口)
• グローバル資源・能力の活用
日本、中国、ASEAN の連携(中国の低価格ものづくり 能力の学習、日本・タイの開発能力の連携、短期間で の開発、機能限定の開発)
• 4 つの活動の現地化による突破
独占の専売店の体制、内製化の促進、中国系と地場系 サプライヤーとの取引への転換、現地消費者の好みや 交通事情などに合わせたデザイン
• 模倣品対策の対応
持続的成長の獲得(新興国での知財管理、顧客満足志 向の社会運動、高いシェアの獲得)
コスト削減 価格 732 ドル、抜本的コスト削減(当時ホ ンダベトナムの二輪車の価格は 2000 ドル 以上)
サプライヤ ー
現地部品調達の取引先 43 社(日系:18、
地場系:13、台湾系:12)
部品調達 モデル間の共有や部品点数の削減、機能の 簡素化により素材変更、部品の現地調達拡 大、コア部品の内製化
開発(デザ イン)
タイホンダの Wave100 を基礎に開発してい るが、ベトナム現地消費者の好みや交通事 情などに合わせ、デザインの一部修正 政府対策へ
の対応
1998年国産化率に連動した奨励的輸入関 税政策、2001 年新関税制度、2003 年国内 二輪車数制限
出所:3 章の事例研究を基に筆者作成
仮説1を検証するために、主に3章において、事例研究としてホンダベトナムによる中国の低価 格車に対抗する「低価格・高品質製品Waveα」の開発と、その後のシェアアップの戦略を分析し た。そこでは統計資料(付属資料1、4)及び、インタビュー調査の結果(付属資料2)、研究文献 などを活用し、総合的に検証している。
3章で分析した結果を総括するとホンダベトナムは、1990 年代後半に中国車バブル期による輸入 車、KD組立低価格車の急増に対抗し、低価格・高品質製品Waveαを開発、投入し、シェア低下の 危機とその後の成長に成功した。Waveαの開発の成功要因として、以下の 4 つの経営戦略が重要で あることが明らかとなった。
(1)環境脅威と迅速な対応
ベトナム二輪車市場は、1998 年から 2002 年までに多数の地場系企業が誕生した。ベトナムの消 費者は、当時、所得が低かったため、低価格車しか購入できなかった。そのため、この期間は低価 格中国車(ホンダベトナムのコピー車126)の販売台数が急増した。ベトナム二輪車市場では、2000 年前後中国車が氾濫したため、外資系企業は、市場シェアが急激に下がった。ホンダベトナムのシ ェアは、1998 年に 21%から 2000 年 9.6%に急低下し、市場競争上の脅威に直面した(図表3.2 を 基に計算)。
ホンダベトナムは、環境脅威に直面し、全社の資源、能力、経験を結集し、新車種の開発を計画 した。また当時ベトナム政府は、国産化強化政策をとったため、それに対応し、低価格・高品質製
126 中国からの低価格輸入車及び地場系企業の低価格車
137
品Waveαを迅速に開発した。さらに、ホンダベトナムは、低価格車の競争に積極的に参加し、地方 や中間所得の新規顧客層の開発に成功し、持続的なシェアと販売台数の拡大もできた。
(2)グローバル資源、能力、経験の活用
ホンダベトナムのWaveαの開発は、まず開発のコンセプトは「低価格・高品質製品」であり、低 価格でも高品質を目指した。開発にあたっては、タイホンダのWave100 をもとに、タイホンダの開 発能力を最大限活用した。ベトナム市場向けに機能を限定し、高品質であるが低価格の二輪車を開 発した。またタイの資源、能力を有効に活用し、開発時間を短縮した。更に、ホンダベトナムは、
タイホンダとの部品の共有化や金型の共同利用等により開発コストの大幅な削減ができた。
ホンダベトナムは価格を、約 2300 ドルから 732 ドルに減らし、1/3の低価格車に対抗する二輪車 の開発に成功した。さらに、同社は、高品質、低価格車の発売で地場系企業の低価格車が従来の延 長では不可能な開発目標を設定した。日本、ASEAN、中国の資源、能力の結集で低価格・高品質製品 Waveαを開発し、従来と異なる新たな潜在市場の開拓と持続的な成長、シェアの拡大に成功してい る。
特に低価格、低コスト化においては、中国市場で失敗した経験から、ベトナム市場で中国の低価 格のものづくり能力を学習した。部品調達コスト削減では、中国企業との合弁を通じて中国の低コ スト部品の生産方法を学習した。また中国系部品の採用や地場系サプライヤーとの取引連携の割合 を増やし、部品調達コストの大幅な削減を断行した(付属資料2.2)。
ホンダベトナムは、低価格であるが高品質のものを作ることに成功したが、ヤマハベトナムがそ れできなかった理由を挙げれば以下の点を指摘できる。第1 に、ホンダは、世界1 位のシェア、グ ローバルな資源、能力の蓄積を持ち、コストリーダーシップ戦略がとれる地位にあったことである
(低価格車開発の挑戦)。第2 に、中国市場におけるシェアの伸び悩みや中国車バブル期を背景に トップのシェアを奪われるのではないかとの危機意識がアジア新興国製品開発を生んだことであ る。第 3に、ホンダ本社、ホンダベトナムで危機意識が共有され、全社を挙げた開発支援が得られ たことも大きい。これらの戦略にはホンダベトナムの独自性を見ることができる。例えば、ホンダ に対するチャレンジャーと目されるヤマハベトナムにはホンダベトナムが推進してきたような開発 や実績がなく、コストリーダーシップ戦略は困難であろうと考える。因みにヤマハベトナムは、高 付加価値製品を重視した差別化戦略で対抗する。
特にホンダベトナムは、低価格・高品質製品Waveαを目指したので、部品調達体制を変革した。
中国系と地場系サプライヤーとの取引を採用した。一方、同社は、重要な部品においては、ホンダ ベトナム及び日系サプライヤーの部品の採用であった。さらに、タイホンダの部品の共有化も行 い、他のホンダの製品と同様にWaveαの品質は高い水準を維持したのである。
(3)4 つの活動の現地化による突破
ホンダベトナムは、他の ASEAN諸国のホンダと同様に、最初は高価格車の顧客をターゲットに置 いていた。しかし中国車の脅威により、対抗上低価格・高品質製品開発を迫られた。ホンダベトナ ムは、現地向け低価格・高品質製品の開発の際に、上記の戦略以外にも、4活動の現地化を強化し た。
138
現地化戦略として、販売活動においては、地場系企業の併売店網と異なり、独占の専売店の体制 を構築し、現地消費者のニーズに対応すると共に、アフターサービスのレベルを含め、店舗の施設 や現地スタッフの能力の向上により購入者の満足度を高めている。
生産活動においては、品質重視の考えの下で、コア部品を中心に内製化を促進した。ホンダベト ナムは、Waveαを作り出すために、内製化で社内の技術力向上にもつなげられると考えた。また、
同社は、国内市場での最も大きな生産規模の経済性により、生産コストの削減に貢献した。
部品調達活動においては、Waveαの生産過程の中で、日系中心の取引関係の見直し、低価格の中 国部品の採用や、他の外資系、地場系の取り込みを重要な課題に設定した。これは、中国での失敗 経験及び他の ASEAN諸国の成功経験を生かしたものであり、ベトナム市場で有機的に適合させてい る。ホンダベトナムは、タイホンダの低価格中国車に対抗する低価格製品Wave100 の部品の共有で あった。また、同社は、部品点数を減らしたが、既存二輪車の機能・品質と同様なWaveαを目指し た。これらは、Waveαのコスト削減に大きく貢献した要因だと考えられる。
開発活動においては、日本、ASEAN 、中国等のグローバル資源、能力を有効に活用した。図表 7.2 のように、WaveαはタイホンダのWave100 の基本設計を基にベトナム向けに修正し、開発期間 を圧縮した。ホンダベトナムは、タイホンダのWave100 を基に現地消費者のニーズ、好みや、交通 事情、天候などを考慮し、Waveαのデザインを開発した。例えば、Waveαは既存二輪車(Super Dream、Future)に比べ、小型である。これは、男女を問わずベトナム人の体格が小さいことや狭い 道が多いなどには乗りやすいというメリットになったと考えられる。
ホンダベトナムは他の外資系企業(例えばヤマハベトナム)に比べ、生産規模が最も大きく、市 場ニーズに柔軟かつ迅速に対応し、グローバル能力、資源、経験(タイホンダのWave100 の成功、
中国での失敗)を有した。一方、ヤマハベトナムは、ホンダベトナムに比べ、生産規模が小さいた め、規模の経済性が低い。ヤマハはベトナム市場だけでなく、他の市場(タイ、インドネシアな ど)でも中高価格層の顧客に向け、製品を開発、投入している。また、ヤマハベトナムは、部品サ プライヤーの取引先の多くが日系企業であるため、コストの削減が難しいと考えられる。従って、
ヤマハは、ベトナム市場における生産規模が小さく、日系サプライヤーの採用の重視、現地市場の ニーズへの対応が弱い。また、同社は、グローバルの低価格車の開発の経験や能力がほとんどない ため、ヤマハベトナムにはWaveαのような低価格・高品質製品を開発することが難しいと考えられ る。
その結果、ホンダベトナムは、Waveαの開発に成功する。またこれらの活動から潜在市場の大き な新規顧客層(低所得消費者対象)の開拓にも成功した。当時、ベトナムは低所得者が一般的であ った。つまり、ホンダは、タイ、フィリピン以外にベトナム市場でも新規顧客層を開拓し、コスト や品質において顧客の満足度を高め、低価格コピー車を圧倒した。
(4)模倣品対策の対応
ホンダの二輪車事業は、顧客のホンダブランドに対する信用を維持し、同社の研究の成果・活用 などのため 1996 年以降世界5ヶ所でロンドン、ロスアンゼルス、バンコク、サンパウロ、北京の知 的財産権の管理活動を実行してきた。
ベトナム二輪車市場は、2000 年前後中国車バブル期が出現したが、中国車はホンダのコピー車で あり、コピー車の氾濫の危機に直面した。その状況に対し、中国と ASEAN各国の経験を活用し、