第 7 章 ホンダベトナムの競争優位・業績とその要因 ―仮説検証を中心に
7.2 事例研究等による検証 ―仮説 1、仮説 2
7.2.2 仮説 2 ―ホンダと外資系、地場系の能力構築の比較分析による検証
図表7.3 ホンダベトナムのグローバル化、現地化と能力構築の関係
出所:図表 1.4を基に筆者作成
ホンダの二輪車事業はグローバル化により蓄積した資源、能力を活用し、現地市場ニーズに適応 するため 4 つの活動の能力構築を促進している。それが市場の競争優位を生み、持続的なシェアの 拡大に貢献することになる。
ホンダベトナムは現地に進出した後、ベトナム政府の政策、市場ニーズに合わせ、段階的に現地 化を的確に行うことにより高いシェアを獲得している。また、ホンダベトナムは現地消費者とベト ナム政府の政策に対応し、市場の競争優位を獲得するための販売、生産、部品調達、開発の能力構
グローバル化の 背景 国内市場の成熟 海外市場の開拓
4つの活動の現地 化の進化 段階的進出 4活動(販売、生 産、部品調達、開 発)の現地化 政府の政策への対 応
現地政府、市場へ の適応 市場適応能力の強 化:最大販売網・
サービス体制、3 生産工場、現地部 品調達率が100%
に近い、28車種投 入→強いQCD能力
結果 最大の販売台数・
最高シェアの持続 的成長
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築活動を行っている。それらの活動は、「品質・コスト・デリバリー(QCD)」の進化を通じて、市 場の競争優位の構築に貢献している。
(2)現地市場適応の能力構築活動
図表7.4 は各社の市場適応の能力構築の比較評価を示しながら、QCD の評価 「++ + -」
がどのような基準で評価されているのかを示している。
図表7.4 ベトナムにおけるホンダ、SYM、ヤマハ、地場企業の市場適応の能力構築の比較評価
ホンダベトナム ヤマハベトナム SYM ベトナム 地場系企業
4 つ の 活 動 能 力 構 築 の 特 性
販 売
・専売店体制の構築
・4S専売店数:801 店
・専売店体制の構築
・3S専売店数:500 店
・2Sサービス店数:
124店
・スポーツバイク店 数:50店
・専売店体制の構築
・3S専売店数:217 店
・2Sサービス店数:
131店
・代理店、併売店の構築
・SUFAT:専用代理店数 133
・DETECH MOTOR:専用代 理店数389
生 産
・生産工場数:3
・最大生産能力:250 万台(1 工場当たり 83万台)
・部品工場数:2
・部品内製化時期:
早い
・部品内製化比率:
14%
・生産工場数:2
・生産能力:100万 台(1 工場当たり 50 万台)
・部品工場数:1
・部品内製化時期:
早い
・生産工場数:2
・生産能力:54万台
(1 工場当たり 27万 台)
・部品工場数:2
・部品内製化時期:
遅い
・工場が小さい、家族経 営
・中国部品モジュール組 立
・SUFAT:生産工場数1
(15万台)、部品工場 数1
・DETECH MOTOR:生産工 場数1(20万台)、部品 工場数1
・部品内製化時期:遅い 部
品 調 達
・地場系サプライヤ ー数:10 社
・部品調達現地化比 率:98%
・地場系サプライヤ ー数:6 社
・現地化比率:約 95%
・地場系サプライヤ ー数:8社
・部品調達現地化比 率:95%
・SUFAT:地場系サプラ イヤー数3 社、現地化比 率100%
・DETECH MOTOR:地場系 サプライヤー数6 社、現 地化比率100%
開 発
・車種数:28
・新エンジン累計:61
・低・中・高価格製 品
・車種数:18
・新エンジン累計:
35
・中・高価格帯
・車種数:15
・新エンジン累 計:27
・低・中価格帯製品
・SUFAT:車種数10、新 エンジン累計11
・DETECH MOTOR:車種数 12、新エンジン累計15
・外資系企業の製品のデ ザインのコピー
・低価格帯製品
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QCD に 与 え る 影 響 と 評 価
Q ・二輪車の品質が高 く、持続的改善、向 上
・低価格・高品質製 品の開発が成功
・部品の品質が高い
・二輪車の品質が良 い
・部品の品質が高い
・二輪車の品質がま あまあ
・部品の品質が高く ない
・製品の品質が低い
・部品の品質が低い
C ・開発時間の短縮
・コストの削減
・経済性が高い
・コストの削減が低 い
・経済性が高くない
・コストの削減がま あまあ
・経済性が低い
・コストが低い
D ・顧客への納期の短 縮
・良い品質でニーズ に適切な価格での部 品の販売・交換
・顧客満足度が高い
・顧客への納期の短 縮
・一部所得が低い消 費者のニーズに対応 しない
・顧客への納期が早 くない
・部品価格が高い
・顧客への納期が早くな い
・顧客満足度が低い
QCD の 評 価
Q ++ + - - -
C ++ + + ++
D ++ ++ - - -
総合評価 ++ + - - -
出所:6 章の図表 6.6 を基に筆者作成
注1:評価の方式は4段階:++最良、+良、-:普通、- -:良くない。この評価の方式は、能力構築の実績をもと に、国内市場におけるQ、C、D の競争優位の順番をつけ、総合評価している。
注2:データは 2020 年の情報である。
3、5 章においてホンダベトナム、SYM ベトナム及びヤマハベトナムの現地化の 4 つの活動の軸の 各社の現地化の特徴を明らかにした。それに加え、6 章では、3社と地場系企業の能力構築(4 つの 活動)をもとに各社のQCD 能力を評価し、比較分析を行った。それらの結果を通じ、ホンダベトナ ムの市場適応の能力構築とQCD 能力は以下の通りに整理される。
(ⅰ)ホンダベトナムの品質能力
ホンダベトナムは、品質重視の経営を指向しており、品質の向上、進化の能力が高い。ホンダの 二輪車は、ASEAN 市場で 4 ストローク方式を採用し、他のメーカーと比べ品質の差別化能力が高 い。ホンダの二輪車は、丈夫さ・燃費効率・走りのフィーリングなど二輪車の3つの機能をバラン スよく追及し顧客から高く評価されている。ホンダベトナムは、現地の所得水準に対応し、低価格 製品を開発したが、品質そのものは決して落とすことなく、品質重視のものづくりにこだわってき た。ホンダベトナム製品の品質は、ヤマハベトナム、SYM ベトナムなど他の外資系企業と比べ、同 じ価格帯製品なら、同社の製品の品質が高く、消費者にとって、コストパフォーマンスが最も良い と考えられている。
(ⅱ)ホンダベトナムのコスト競争能力
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2000 年前後地場系企業は低価格中国車を輸入、KD生産したため、コスト競争優位が最も強かった が、2002 年にホンダベトナムの低価格・高品質製品Waveαの発売により、総合的に評価するとホン ダベトナムのコスト競争力が最も強くなった。さらに、ホンダベトナムは販売シェアがトップであ り、3 生産工場により国内市場最大規模の生産能力を持つ。二輪車生産における規模の経済性によ り、最大のコスト競争力を獲得している。
一方で他の外資系は、規模の経済性ではホンダに劣るため、特定顧客、特定製品に絞り、差別化 戦略により対抗することになる。
(ⅲ)ホンダベトナムのデリバリー能力
先行研究 1.6.3では、藤本隆宏の能力構築理論のフレームワークとして「ものづくり組織能力、
裏の競争力、表の競争力、収益力」の関係を示した。ものづくり企業が日頃継続する組織能力の構 築活動は裏/表の競争力を介して、収益力(利益率、株価、部門別業績等)に結び付いていることが 示されている。本研究の市場シェア、業績(販売台数)は、能力構築理論からすれば、表の競争力 や収益力の代理変数であり、収益力を規定する要因でもある(図表1.5)。ホンダの営業利益のセ グメント情報によれば、近年四輪車部門の不振を二輪車部門が補っており、その収益元はアジアの 二輪車事業が貢献しており、能力構築理論からみても現地化と現地適応の能力構築の成果が現れて いる(ホンダ有価証券報告書セグメント情報を参照)。
ホンダベトナムは、ベトナム全土にもれなく専売店、サービス店を配置している。顧客の求める 製品はすべて揃え、フルライン戦略を採用している。また品質の改善、故障への対応、部品交換や サービスなどの現地市場へのきめ細かい適応活動を実施している。更に同社は、最大規模の生産能 力と多様な車種を取り揃えており、部品製造工場を国内に建設し、顧客への製品及び部品の納期を 短縮し、顧客の満足度を向上させている。
つまり、ホンダベトナムは生産規模が最大で、規模の経済性を享受できる地位にある。その結果 ポーターのコストリーダーシップ戦略を追求できる地位にあり、その地位を利用し、低価格、高品 質のWaveαの開発に挑戦し、シェア拡大の足掛かりを作ることに成功した。それに加えバリューチ ェーンの 4 つの活動(販売、生産、部品調達、開発)の現地化を促進し、現地の顧客ニーズに適応 する能力構築を強化してきた。ベトナム二輪車市場では、各社は、競争優位を高めるため、4 つの 活動の現地化や現地市場適応を促進し、QCD 能力を強化しているが、ホンダベトナムは、販売面で は他社に先駆け全国規模の専売店、サービス店体制を構築した。また生産面では最大シェア、生産 台数による規模の経済性を実現し、強いコスト競争力を持つ。それに加え部品調達面では日系中心 のサプライヤー体制を一新し、現地調達重視のサプライチェーンを構築し、それらが融合し低コス ト化に貢献している。更に開発面では低コスト、高品質のWaveαの投入を中心にあらゆる顧客に対 応できるフルライン製品化を実現し、あらゆる顧客層に強みを発揮している(図表7.4)。
一方でヤマハベトナムは、中・高所得層向け製品、スポーツタイプなどの製品開発において、ホ ンダベトナムに対する製品差別化を重視している。また SYM は女性向けスクーターなどニッチ分野 に特化、集中するなど、各社は異なる戦略方向を目指している。その結果ホンダベトナムは、あら ゆる層の顧客に適応し、QCD が他社と比べ、圧倒的に強い。現在の高い市場シェアは、それらを反 映したものである。