第 6 章 ベトナムにおけるホンダ、SYM、ヤマハ、地場系企業の現地市場適応の能力構築
6.2 SYM ベトナムの現地市場適応の能力構築
本節では、第1 章の図表1.8(グローバル化、現地化、能力構築と競争優位の関係)と第5 章に 述べた SYM ベトナムの現地化戦略の特徴に基づき、SYM ベトナムの現地化戦略、能力構築の関係を 明らかにし、SYM ベトナムの能力構築を総合的に評価する(図表6.2 を参照)。
6.2.1 SYM ベトナムの現地化、現地市場適応の能力構築の関係
図表6.2 SYM ベトナムの現地化戦略と能力構築・QCD 進化の関係 グローバル化の
特徴
・参入時期が早い
・スクーター強みの発揮 4活動
の現地 化戦略
販売 ・専売店方式、店舗数348店(3S専売店、2Sサービス店)、第 3位 生産 ・輸入→SKD→CKD→内製化
・内製化の進度は比較的遅い
・組立工場数:2;生産能力:54万台(1 工場当たり 27万台)
・部品工場数:2;エンジン生産工場、熱処理・ギア加工工場 部品
調達
・台湾系サプライヤーの重視 → 地場系サプライヤーとの取引
・熱処理・ギア加工工場
・ASEAN 部品センター設立
・部品調達比率:95%、地場サプライヤー数:8社 開発 ・同社の輸入車 → ベトナム女性向けスクーターを中心
・開発研究所
・2020 年の車種数:15、新エンジン累計:27 活動の
能力構 築と QCD 進 化の関 係
品質(Q) コスト(C) 顧客ニーズ対応(D)
販売 なし ・低価格車 ・販売網が国内第 3位→全国
の消費者にアプローチできる
・3S専売店、2Sサービス店 生産 ・コア部品内製
・2 部品工場
・2 工場、生産能力54万台 ・納期の短縮
部品 調達
・擦り合わせ型生産(メー カーとサプライヤーの取 引)→品質の向上
・部品調達現地化比率:
2020 年 95%、地場系サプラ イヤー数:8社
・台湾系、中国系、地場系 サプライヤーとの取引
・部品工場の建設
・部品交換体制
開発 ・品質が中程度 ・廉価な二輪車 ・女性向けスクーター
結果
・高い競争優位(国内シェア NO.3、3.5%;販売台数:15万台前後)
・ASEANへの輸出
・女性向け低価格スクーターAttila が成功
・自社専用の販売体制の構築 出所:各資料より筆者作成
注:データは 2020 年のデータである。
110
台湾系 SYM は、ホンダとの技術連携により成長した。技術面で独立して発展できる段階となり、
2002 年には、ホンダとの提携解消を実施した。SYM は台湾国内二輪車市場の成熟化に伴い、潜在成 長性の高いベトナム二輪車市場に参入した。SYM は外資系の中では最も早くベトナムに参入し、
2004 年まで国内市場の第2 位であった。その後、第 3位となっているが、現地消費者のニーズを十 分理解していないため、市場シェアが低い。5 章で分析したように SYM ベトナムは、段階的に現地 化を促進しており、品質の改善、コストの削減、製品開発などを強化している。
SYM ベトナムの 4 つの活動の現地化戦略の特徴は、以下のとおりである。
販売の現地化戦略としては、SYM ベトナムは、348店舗を構築し、3S 専売店と 2S サービス店を一 体化した販売網を構築している。これにより、同社の販売の能力が向上し、現地購入者の心理、信 頼、ニーズに対応できている。
生産の現地化としては、SYM ベトナムの内製化割合は比較的少ない。しかし、ベトナム市場でエ ンジン生産工場を設立し、内製化の拡大に注目し、品質を向上させている。SYM ベトナムは、2組立 工場を設立し、現地の生産能力を強化している。
部品調達の現地化としては、SYM ベトナムはホンダのすり合わせ型を学習し、サブライヤーとの 連携でものづくり能力を向上させている。同社は、台湾系以外にも、中国系など他の外資系と地場 系サプライヤーとの取引により、部品調達能力が向上し、コストの削減ができた。
開発の現地化としては、SYM ベトナムは、台湾からの輸入が中心であった。現地向け製品として は、ベトナム女性向けスクーターAttilaが成功しているが、全体的評価としては、製品開発能力が 弱い。2020 年における新車種の投入数はホンダベトナムの 28 に対して 15 であり、新エンジン累計 は、ホンダベトナムの 61 に対して 27 と 5割程度の能力と言える。
開発製品の魅力度に関しては、SYM ベトナムのスクーターAttilaは 2000 年代前半においては、廉 価であり、現地交通事情に合わせ、現地女性に好まれたデザインにより成功した。しかし、日系企 業の女性向け廉価なスクーターが投入されると、Attilaが売れなくなった。Attilaはホンダベトナ ムの女性向け廉価なスクーターClick、男女を問わず中価格帯スクーターAir Bladeに比べ、品質が 悪く(丈夫さ、燃費効率など)、ブランド力が低いなどのため、販売台数が減っていた。また、ホ ンダベトナムの当時輸入高価格帯スクーターSpacyはベトナム女性に好まれたが、所得水準に比 べ、価格が高いため、購入できる消費者数が少なかった。Attilaが Spacyのデザインと似ていると 言われたことから、SYM ベトナムのデザインの開発能力が高くないと考えられる。SYM ベトナムは Attilaを続き、中高価格帯スクーターExelを投入した。Exelはホンダベトナムの高価格スクータ ーDylanのデザインと似ていると評価された。Exelはある程度に売れたが、Attilaのように成功し なかった。Exelの投入時期には日系企業が既に中高価格帯スクーターを投入しているため、現地消 費者は品質などを考慮すると、日系企業のスクーターを購入した。そのため、SYM ベトナムのスク ーターAttilaとスクーターExelはホンダベトナムの好まれるスクーターのデザインを一部修正し、
当時現地所得水準に合わせた廉価なスクーターを開発した。そのため、日系企業が廉価なスクータ ーを投入すると、SYM ベトナムのスクーターの販売台数が急に減ったと考えられる。以上の状況を 見ると、SYM の製品戦略は、ホンダベトナムのフルライン戦略に対し、現地の特定の製品に絞り込 んだニッチ戦略を指向しているものと想定される。
6.2.2 SYM ベトナムの現地市場適応の能力構築の評価
111
図表6.2 を活用し、SYM ベトナムの現地化戦略の特質と市場適応の能力構築を品質、コスト、顧 客ニーズ対応(QCD)の 4 つの活動に焦点を当て、評価する。
(1)活動別にみた現地市場適応の能力構築
(ⅰ)販売活動
SYM ベトナムは販売網として3S 専売店、2S サービス店を348店配置し、国内第 3位を占めてお り、全国の消費者にアプローチできる。同社は、3S 専売店網と 2S サービス店を一体で運営し、SYM 品質の維持を行なっている。5 章で分析したように SYM ベトナムは、ホンダベトナムのフルライン 戦略に対抗し、女性向け廉価なスクーターに注目し、集中戦略で対抗している。
(ⅱ)生産活動
SYM ベトナムは、2001 年にはエンジン生産工場を建設し、2004 年には熱処理、ギア加工を内製化 しているが、日系企業に比べて部品内製化では遅れていた。そのため、製品の品質や差別化力が日 系企業と比べて低い。SYM ベトナムは、市場シェアの拡大に伴い、生産規模も拡大し、現在の時点 で 2 工場(生産能力 54万台)の体制を構築している。
1 工場当たりの生産能力は 27万台であり、ホンダベトナムの 83 万台、ヤマハベトナムの 50万台 にくらべて生産規模が小さい。ホンダベトナム及びヤマハベトナムに比べ、生産規模や能力は低い ということは、規模の経済性の面で劣っており、コスト競争力が劣位にあることを示す。それでも 国内二輪車市場の中では、地場系組立企業に比べ大きい生産規模と言える。
(ⅲ)部品調達活動
SYM ベトナムは、日本二輪車企業と同じく、インテグラル型を採用し、サプライヤーとの連携に よりものづくり能力を向上させている。SYM ベトナムは、部品工場を建設し、SYM標準部品の提供に 努めている。これにより品質を安定させ、部品交換体制を構築し、サービス能力を強化することが できている。また、SYM ベトナムは、熱処理・ギア加工工場と部品センター設立により部品生産を 促進し、国内市場ばかりでなく、ASEAN 市場にも部品を提供している。
SYM ベトナムの部品調達現地化比率は、2020 年で 95%と日系企業並み(ホンダベトナム 98%、ヤ マハベトナム 95%)の水準にある。またベトナム進出が早かったこともあり、地場系サプライヤー との取引企業数は 8 社とホンダ並みの水準にある(ホンダベトナム 10 社、ヤマハベトナム 6 社)。
(ⅳ)開発活動
SYM ベトナムは、台湾からの輸入車の販売から出発した。同社は、国内市場シェアの拡大のため に、開発研究所を設立し、低価格の二輪車に注目し、現地市場に適応した製品を開発した。その中 で、若い女性向けの廉価なスクーターAttilaは好まれ、2000 年代後半に大量に売れた。
112
SYM ベトナムの開発としては、2020 年に車種数15、新エンジン累計 27 である。ホンダベトナム
(車種数28/新エンジン累計 61)、ヤマハベトナム(車種数18/新エンジン累計35)に比べ、製品 投入数が劣るものの開発における能力構築は一定の成果を生んでいると言える。
(2)能力構築がQCD へ与える効果
(ⅰ)品質
SYM ベトナムは、コア部品内製化では遅れたが、品質の向上に向けて強化している。SYM ベトナム はコア部品の内製化により二輪車製品の差別化力が上がり、サプライヤーとの連携により擦り合わ せ型生産を行い、製品の品質を向上させている。一方、技術面が強くなく、日系サプライヤーと比 べ、台湾系サプライヤーのものづくり力が弱いため、同社の製品の品質は日系に比して良くない。
SYM は、ベトナム市場でスクーターの強みを活用し、現地の交通事情を考慮し、女性向け廉価な スクーターを開発し、一時的に大成功した。しかし、ホンダベトナムやヤマハベトナムが、女性向 け廉価なスクーターの発売で追随したために、市場シェアは低下した。主な原因は、日系企業と比 べ、SYM ベトナムのスクーターの品質が悪いこと、耐久性やブランド力で劣ることである。現在、
SYM ベトナムは、2020 年の市場シェアが3.5%にとどまっており、完成車生産を行うと共に、国内 市場とグローバル市場への部品提供という戦略を採用し、規模の不足を補い品質の向上を追求して いる。
(ⅱ)コスト
SYM ベトナムは、スクーターの強みを活用することにより現地消費者に好まれる低価格の製品を 開発している。同社は、現地の地場系サプライヤーとの連携により、部品調達のコストを削減でき た。生産規模において、SYM ベトナムは 2組立工場があり、国内第 3位の生産能力を持ち、最近毎 年 54万台前後を生産しているが、1 工場当たりの生産規模が小さく、日系企業のような規模の経済 性を享受できていない。組立企業にとって規模の経済性は最重要の課題である。同社はコスト競争 力上の弱点を抱えており、日系企業に対し差別化戦略や集中戦略により活路を切り開く以外にな い。
同社はベトナム市場の中で特定市場に集中し、女性向け廉価なスクーターの開発に成功した。現 在、同社は、価格帯が低・中価格は中心であり、ベトナムの低い所得層の消費者向け製品を提供し ている。
(ⅲ)デリバリー(顧客ニーズ対応)
デリバリー能力において、SYM ベトナムは、店舗数が第 3位であり、ベトナム全土に対応する販 売体制を構築している。SYM ベトナムは、この販売体制を構築することにより、購入者に対して、
安心感を与えている。一方、ホンダベトナムの 4S 専売店 801店、ヤマハベトナムの3S、2S の専売 店674店と比較すると見劣りする。
ものづくり能力面では、同社の 2組立工場により、ターゲット顧客への納期時間が短縮されてい る。SYM ベトナムは国内市場の完成車提供以外にも、ASEAN 市場への輸出を企図し、二輪車部品の製