第 5 章 ホンダベトナムの競合企業の分析 ―台湾系・日系企業の現地化との比較分析を踏まえて
5.1 ベトナムにおける台湾系企業の参入動向と現地化 ―SYM ベトナムを中心に
5.1.2 SYM ベトナムの現地化戦略の特徴と評価
88
SYM は台湾市場最大の企業であるが、日本の技術導入で成長し、輸出企業に発展してきた。海外 市場開拓のためには、技術の独立を促進し、ホンダの技術依存を解消することが必要であった。そ のため 1990 年前半以降、SYM は部品内製化を促進した(佐藤、1999)。
SYM は 1992 年にベトナム二輪市場に参入してから、1 年後生産を開始し、初期には SKD 方式で組 み立てた。その後、CKD 方式へ転換し、9 年後にはコア部品内製化を本格的に促進した。SYM ベトナ ムは低価格スクーターの強みを持ち、販売台数が徐々に拡大していた。同社は、2004 年までにホン ダベトナムに次ぐ、国内市場第2 位であった。
図表5.2 を見ると、SYM ベトナムは 2001 年にエンジン工場の操業を開始したことが分かる。同社 はエンジン部品の現地内製化を進めることにより、価格の引き下げに成功した。また、SYM ベトナ ムは 2003年に熱処理・ギア加工の工場を設立し、内製化を強化している。2005 年にはベトナムを 含め、ASEAN 二輪車市場向け部品センターを設立した。SYM ベトナムは部品開発や生産規模などを推 進しているが、日系企業の二輪車に比較すると、コア部品の品質が悪いなどため、二輪車の品質面 が弱い。
(3)部品調達活動の現地化
SYM ベトナムは、参入初期には同社の輸入部品により組み立てたが、1990 年代後半ベトナム政府 の国産化の要請を受け、部品の現地調達が課題となり、台湾系サプライヤーに対して強く進出を要 請した。台湾国内二輪車市場は当時成熟化してきており、サプライヤーと連携して早急に海外への 活路を見出す必要があったからである。
台湾系サプライヤーは 1990 年代後半の SYM の要請やベトナム二輪車市場の急拡大もあり、現地進 出が増加した。その当時、進出先の中国が業績不調であり、SYM ベトナムの現地生産の開始や生産 規模の拡大により次々にベトナム市場に進出してきた。台湾系サプライヤーは 2000 年までに、ベト ナムに約 20 社が進出した(三嶋、2007)。
SYM ベトナムは、2000 年前後には中国車バブル期に対抗するために、現地部品調達率を引き上 げ、部品調達コストを削減する必要が出た。これを実現するために、同社は、現地台湾系サプライ ヤー以外、地場系や中国系サプライヤーと取引している。ホンダベトナムの低価格車の投入や中国 車の欠陥などがあり、中国車バブル期は一時的に終わった。2002 年以降、中国車の販売台数は急激 に減り、SYM ベトナムは、経営状況が好調で生産規模を拡大すると共に、現地部品調達率を向上さ せた。SYM ベトナムは 2020 年に部品調達現地化率が 95%に達している(後掲図表5.5)。
(4)開発活動の現地化
製品開発においては、台湾系二輪車企業の中で、初めて外資系企業からの自立を志したのは SYM であった。SYM はホンダとの技術連携により成長しているが、海外市場の開拓には制約がある。ホ ンダ依存から脱皮し、海外市場を開拓し成長する中で、技術の自立を志向し研究開発も促進してい る。
SYM ベトナムは、初期に SYM本社の製品ラインの中からベトナム消費者に合った二輪車を選定 し、輸入した。ベトナム二輪車市場の中で、SYM ベトナムは早期に進出したが、市場シェアが高く なかった。要因は、SYM ベトナムの次に、日系スズキベトナム、ホンダベトナム、ヤマハベトナム が次々に参入した。日系企業の二輪車品質の方が高いので、ベトナム消費者に好まれた。SYM ベト
89
ナムの二輪車価格の方が安いが、当時所得水準に比べ、高いため、販売台数が少なかった。そのた め、SYM ベトナムは現地消費者の要望に適応した製品を開発することが必要であった。
SYM ベトナムは参入初期には、同社の輸入車の販売で現地のニーズの発掘を開始し、販売台数が 徐々に増加したが、販売規模は多くなかった。SYM ベトナムは、2002 年には本格的現地女性向けス クーターAttilaを投入した。Attilaは、その時点のベトナム人の所得、交通事情などを考慮する と、価格が約 12万円で高くない。ホンダベトナムやヤマハベトナムの当時のスクーターの価格は 20万円以上であり、比較優位を持っていた。またデザインがファッショナブルであることで好まれ た。SYM ベトナムは製品機能に影響を持つエンジン工場の新設を行い、品質を向上させると共に、
製品の価格を減少することができた。SYM ベトナムはスクーターAttilaに続き、より燃費効率が良 く、ファショナブルなデザインのスクーターAttila Victoria と Attila Elizabethを開発した。こ れらの製品も評価が高く、現在までベトナム女性にとって人気のあるスクーターである。 しかし、
AttilaのデザインはホンダベトナムのスクーターSpacyと似ていると言われており、デザインやエ ンジン面での差別化が課題である。
2004 年には開発研究所を設立し、研究開発の現地化を更に一歩進めた。SYM ベトナムは、Attila の成功から現地消費者に好まれたホンダベトナムのスクーターSH に対抗するスクーターShark(約 25万円)を投入した。Sharkも SH に比べ、3分の 1 の価格であったが、Attila ようには成功しなか った。その原因は Sharkの価格帯なら、ベトナム消費者は日系企業のスクーターを選択するからで ある。2020 年の車種数は 15、新エンジン累計は 27 であり、新車種や新エンジンの投入は販売台数 の拡大にとって有効である(後掲図表5.5)。
SYM ベトナムは、スクーター、バイク以外にも日系企業が目を向けない学生対象の 50ccのバイク を販売し、国内市場第 3位であるが、ホンダベトナム、ヤマハベトナムに対するニッチャーの地位 にあり、市場シェアが 5%以下で低い。
(5)現地化の評価
これまでの分析を通し、SYM ベトナムの現地化を評価する。4 つの活動の現地化戦略の強みと弱み を評価する。
(ⅰ)強み
4 つの活動の現地化に関する SYM ベトナムの強みは、以下の通りにまとめることができる。
第1 は、ベトナム市場への参入時期が、外資系企業の中でも早いことである。SYM ベトナムは、
日系企業に先行し、1992 年には政府の投資許可を受け販売を開始し、1993年には SKD生産を開始し ている。ベトナム二輪車産業は 1990 年以前に、アメリカやフランスなどの西側諸国から輸入された 二輪車が流行していたが、1990 年代に入ると、外資系企業の参入により本格的に産業基盤が形成さ れた。SYM は現地調査などを通し、ベトナム人の二輪車ニーズを認識した上で、日系や中国系、イ タリア系より早くベトナム二輪車市場に参入、部品を輸入し、生産を開始した。SYM ベトナムは現 在も SYM の重要な海外展開上の拠点である。
第2 は、専売店及びサービス店による販売網を構築し、販売網の拡大に成功していることであ る。SYM ベトナムは、3S販売店及び 2S サービス店による自社の販売・サービス網を整備している。
SYM ベトナムは市場シェアが 2020 年で3.5%であるが、ベトナム購入者の心理に応えるため、全国
90
に専売店網を構築している。なぜなら、ベトナムではバイクや携帯などの模倣品が大量に販売され ているため、消費者は専売店で購入するほうが、安心できるからである。
第 3は、現地女性向け廉価なスクーターの開発に成功していることである。ホンダベトナムやヤ マハベトナムなど日系企業は 2000 年以前では、高価格・高品質戦略を採用していた。一方、SYM ベ トナムは本社のスクーターの強みを発揮し、現地市場に適応した低価格スクーターを開発した。台 湾系企業や中国系企業の二輪車は、日系企業の二輪車に比べ、品質が良くないため、ベトナム消費 者に好まれなかった。しかし、SYM ベトナムは 2002 年にベトナム女性向け廉価なスクーターAttila の投入により、販売台数が急激に増加した。SYM ベトナムの販売台数は 2000 年には約 4.3 万台であ るが、2002 年には 15.4万台に増加した(三嶋、2007)。現在でもベトナム女性にとって Attila は、SYM ベトナムの売れるスクーターである。2020 年の車種数は 15、新エンジン累計は 27 とホン ダベトナム、ヤマハベトナムに次ぐ第 3位を占めている(後掲図表5.5)。
第4 は、内製化の推進である。SYM ベトナムは台湾本社の優位性を背景に、初期には台湾からの 輸入車により国内市場に廉価なスクーターを投入した。参入 1 年後には、生産を開始した。同社は 現地進出台湾系サプライヤーや地場系サプライヤーと取引しながら、アキュムレーターやタイヤな ど部品を製造し、部品内製化を推進している。
(ⅱ)弱み
4 つの活動の現地化に関する SYM ベトナムの弱みは以下の通りにまとめることができる。
第1 は、デザイン開発力が弱いことである。低価格スクーターは SYM ベトナムの強みであるが、
全体的に見ると、日系企業やイタリア系企業の人気のあるスクーターのデザインと似ている。例え ば、SYM ベトナムは 2000 年代後半国内市場で、スクーターAttilaが成功していたが、Attilaが当 時好まれたホンダベトナムのスクーターSpacyのデザインと似ていると言われた。また、Attila ラ インは次々と現地女性の好みや交通事情を考慮して開発、投入したスクーター(Attila Vitoria、
Attila Elizabeth)が、ホンダベトナムやピアジオベトナムのスクーターのデザインと似ていると 評価された。2005 年から 2010 年にかけて SYM ベトナムは次々に Shark、Venus、Galaxy、Star SR など他のスクーターやバイクを投入したが、これらの二輪車もホンダベトナム、ピアジオベトナム などの売れた二輪車のデザインと似ている。2011 年以降、同社は、スクーター以外に、バイクも投 入している。SYM ベトナムのバイクもホンダベトナムのバイクWaveaやヤマハベトナムのバイク Siriusのデザインと大分似ていると評価されている。価格の面から見れば、SYM ベトナムのバイク はWaveaと Siriusに比べ、安いが、品質が悪い。近年ベトナムの所得水準が持続的に向上している ため、現地消費者は二輪車を購入する際に、品質、デザイン、アフターサービスなどを考慮してい る。SYM ベトナムは近年多くのバイクやスクーターを投入しても、日系企業の製品に比べ、価格が 多少安いが、大量に売れていない。
第2 は、日系企業に比べ、生産規模が小さいことである。SYM ベトナムは 2000 年代前半では、国 内市場で生産規模が第2 位であったが、その後、ヤマハベトナムが第2組立工場設立により、第 3 位(54万台)となっている。ホンダベトナム(250万台)の 5 分の 1程度であり、ヤマハベトナム
(100万台)の 2 分の 1程度である。生産規模が小さいことは規模の経済性が低く、コスト競争力 も弱いと考えられる。